カタストロフィ 意味。 カタストロフィーとは何?Weblio辞書

「テクスチャー」とは?意味や使い方を例文付きで解説

カタストロフィ 意味

24歳OL、結婚歴3年のはるこです。 先月夫に離婚を言い渡しました。 原因は色々ありますが 一番ひどいのは夫の暴言に私が耐えられなかったことです。 お互いの仕事が終わり食事をし終わった後、 離婚して欲しいと伝え離婚届を出しました。 夫は私と違い別れたくない様子で、 夫「僕を、大都会に投げ捨てられた空き缶にする気か!?」 私「捨てるとかそういうつもりじゃないけど、私を自由にしてほしい。 」 夫「お前は・・・、答えを求めることでかけがえのないものを失うんだぞ!それでもいいのか!?」 私「うん。 そうしたいの。 」 私の意志が固いことを夫が感じると、 髪をかきむしったり、 ドンドン足踏みをしたり、 モップを真っ二つに折ったり、 1. 5Lのコーラを一気飲みして噴き出したり・・・、 パニック状態になっていました。 それから一時間ほど話し合って言われたのです。 夫「はるこにとって・・・、結婚はカタストロフィー?」 は?って感じで意味がわかりませんでしたが「うん」と答えました。 そしたら夫も観念したらしく、離婚届にサインしてくれました。 あれから夫とも話していません。 いったいどういう意味なのでしょう? 調べてもわかりませんでした・・・。 夫のことはちゃんと清算して別れたいんです。 ユーザーID: 4745371865 「都会に投げ捨てられた空き缶」... なんだそりゃ、って感じですね。 資源ゴミにすらならないってことかな? ナルシストですか? カタストロフィーの意味は、調べればわかりますが この会話においては、よくわかりませんね。 おそらく意味を間違えて覚えているとか、たいして理解していないとか、そんなところですよ。 でも、なんかかっこいい言葉を使いたかったので、ちょっと言ってみたんじゃないですか? カタストロフィーじゃなければ、カタパルトだったかもしれませんね。 悪いけど、あまり頭のいい男性ではなかったようで。 トピ主さんの未来にエールを送ります。 ユーザーID: 5873224132• catastrophe まるで何かの引用みたいですね。 悲劇とか破滅とかいった意味らしいので、「結婚は失敗で、いいことなんてなかったと思っているの?」と聞きたかったのかな。 「空き缶」「答えを求める」もピンとこない私なので、自信はありませんが。 真剣な話し合いの最中なのに ・いちいち持って回った言い回しをして、動作も芝居がかっている旦那さん (もともとそういう人なのか、まともに話し合いをする気がなかったのか) ・意味もわからないまま、いい加減な返事をするトピ主さん どちらにもびっくりです。 やり取りに嫌気がさすのはわかりますが、おかしな返事をすると取り返しのつかないことになりますよ。 例えばカタストロフィの意味が「財産」だったら、大変な誤解を受けてしまったところです。 あぶないあぶない。 ユーザーID: 1877971196• えっ…… 真剣なご質問なんですよね……。 すみません、飲んでた紅茶、パソコンに向かって吹き出すところでした……。 ご主人のセリフ、「大都会に投げ捨てられた空き缶」とか「答えを求めることでかけがえのないものを失う」とか、完全にWANSの「世界が終わるまでは…」の歌詞のパクリなんですが。 もしかして、スラムダンクがお好きなのかな? でもそんな真剣な話し合いで、歌謡曲の歌詞をそのまんま使うものなのか……。 カタストロフィーは、悲劇的な終わりという意味で使ったのかな?と思います。 違っていたらすみません。 もし「世界が終わるまでは……」を念頭に置いて、ご主人が話していたのなら、カタストロフィーではなくトラジディー(悲劇)の間違いでは……とも思いました。 そういう歌詞なので。 ユーザーID: 0026276002• 色々な意味がありますが すみません、旦那さんの発言部分を読んでいてかなり笑ってしまいました。 斬新なセリフの数々、すごいですね! 旦那さん、かなり芸術家タイプの方とお見受けしました。 この文脈での「カタストロフィー」の意味は私にもさっぱりわかりません。 恐らく誰も理解できないと思われます。 でも、旦那さんがそれであっさり観念したわけですから、例えばトピ主さんの現実世界が崩壊するくらいのイメージがあるんじゃないかと思われます 笑 自分のことを「かけがえのないもの」と表現していることと言い、世界がものすごく大げさで重大なものに見えてしまう方のようですね。 絵筆を持たせると何かすごい作品を描いたりしそうな気がします。 ユーザーID: 6138825009• えっと…、 カタストロフィーって、辞書でひくまでもなく破滅とか、突然の変化とか…ですけどね。 「僕を、大都会に投げ捨てられた空き缶にする気か!?」「答えを求めることでかけがえのないものを失うんだぞ!」とか、およそ常人とはちょっと違うセンスをお持ちのご主人がどういう意味で使われているのか凡人には理解できません。 くわえて、髪をかきむしったり、ドンドン足踏みをしたり、モップを真っ二つに折ったり、1. 5Lのコーラを一気飲みして噴き出したりという、およそいい大人とは考えにくい行動にもびっくりです。 >「はるこにとって・・・、結婚はカタストロフィー?」 これは、誰にとっても永遠の謎だと思います。 もう離婚の決意が固いのだったら、そんなワケわからん人間の言うことを理解しようとする必要もないんじゃないですかね。 ユーザーID: 8003393045• 英語塾経営者です。 「面白い」ランキング入り! カタストロフィーとは、例えて言えば、「救いの無いパニック映画のような状況」。 パニック映画はたいてい、主人公は救われますが、カタストロフィーに救いはありません。 貴女の夫が「結婚はカタストロフィー?」と尋ねた真意が、「僕との結婚はカタストロフィーか?」なのか、それとも「結婚そのものがカタストロフィーか?」なのか、で受け止め方が若干違う気がしますが、どちらにせよ、貴女がこの問いに「うん」と答えたことで、「今、私は救いの無い地獄にいるようなもの」と宣言したのです。 貴女をその地獄から解放できるのは、「結婚を終わらせること」。 だから貴女の夫は離婚届にサインしたのです。 貴女に未練はあるでしょうが、貴女を苦しめたくは無いはず。 納得して離婚届にサインしてくれたと信じてよいと思いますよ。 ユーザーID: 5988293538• 破滅とか大惨事とかでしょう? 心理学的には幸福な状態などから、破局するなど、悲劇的な結末を迎えるという理論。 愛と憎しみのような対極の感情が突然入れ替わることをカタストロフィーというそうです。 ご主人がいいたかったのは結婚生活ができないほどさめちゃったの? 、嫌になってしまったの? ということではないですか? あなたが意味がわからないけど頷いた、つまり肯定したので受け入れる気持ちになったのでしょう。 意味が分からないとか言っていないで勉強しなさい。 ちゃんと清算したいなら、ご主人のいうことを自分の言葉で噛み砕ける程度の頭脳は必要です。 感情ではなく理論で納得して初めて清算です。 ユーザーID: 8415461247• イメージですが 皆様丁寧にカタストロフィーの意味をご教示くださってますが、 まさか「単語の意味」をお尋ねではないと思います。 どういうつもりで『元』夫がこの言葉を使ったのか 知りたかったのでしょう…。 それにしてもやけに漫画チック、ドラマチックな行動をする人ですね、 元・夫さん。 1.5リットルのコーラの一気飲み。 はあ〜、離婚を切り出されて、こういう行動をする、 考えられないカタストロフィー…カオスです。 彼自身がカタストロフィーです。 それであっさり離婚届出せたのだから万々歳ですね。 それにしても24歳で結婚歴3年…。 『元』夫は同い年ですか? 早すぎた、としか思えません。 ユーザーID: 6724850389• ありがとうございます。 みなさんレスありがとうございます。 カタストロフィーの意味はあまり良い意味ではないのですね。 夫にはできる限り尽くしてきたので本当は笑顔で別れて欲しかったのですが・・・。 おっしゃる通り夫はスラムダンク好きです。 単行本は本屋でもないのに3冊ずつそろえており全部で100冊近くありました。 (好きなキャラはヒコイチ) 原因の暴言なんですが、私を縛る物言いがひどいんですよ! 派手な服は着るな、 化粧はするな、 男友達と付き合うな、 黒髪にしろ、 FACEBOOKをやれ、 義母さんとお茶しろ・・・。 キーーー!ってなっちゃいます。 私だけが感じることなんでしょうが外を歩くときは恥ずかしかったです。 ていうか、私との結婚生活が惨事?災難?破滅〜!? ちょっと悔しいんで明日文句言おうと思います。 でも、口下手なんです。 私に感謝してもらえるような文句ってどう言えばいいかわかりません・・・。 ユーザーID: 4745371865• 旦那は花道くんですか? ギリシャ語です。 ギリシャ語と聞けば当然この様なカタストロフィーが頭を過ぎります。 うってつけのギリシャ語です。 だからこそ英語でも受け入れられたのでしょう。 その彼氏、知ってて言ったのかは疑わしいところですが、此の場面で 「お前はカタストロフィー!」とは名言に近いです。 うってつけの言葉です。 彼、シェークスピアーです。 序に、パニックもギリシャ語。 ドラマとかキャラ(クター)とかエピソードとかもよ! だーかーらー、「悲劇」も当然ギリシャ語。 「哀れ!」もね!!! うんでもって、歌舞伎のお涙物とか道行はギリシャ起源かな、なんて考えちゃったりして〜。 (汗) おれも暇だね〜〜! 其れこそギリシャ神話に出て来そう! 悲話・エレジーね! ギリシャ語ね! ユーザーID: 6473974037• はぁ・・ 夫「はるこにとって・・・、結婚はカタストロフィー?」って 「はるこにとって・・・、俺との結婚は破滅?(または災難?)だったのか?」って聞かれて 「うん(私にとってあなたと結婚したのは災難(つまり大失敗で最悪)でした)」と答えてるんですよ? ひどいことを言ったのはあなたほう! だから「俺との結婚は、そんなにひどい事だったのか・・・」と旦那さんはあきらめたんでしょう。 なのに、何を文句をいう必要があるの? 暴言についてですが・・・ どこが暴言なの? facebookと姑とお茶するのはどうでもいいとして、他のことは注意してくれてるだけでしょ? だってあなたは、 「派手な服をきて、厚化粧で、茶髪で、夫がいるのに他の男と遊んだりしてる」ってことでしょ? そりゃ夫として注意するでしょう。 あなた、結婚に向いてないんだわ。 まだ若いってのもあるんだろうけど、なんというか浅はかですよ。 しばらくは頭冷やしたほうがいいです。 で、感謝してもらえるって何を感謝するの? 感謝する理由がわかりませんけど? ユーザーID: 6779043735• 「嫌がってたあの子とも絶交」はさせられませんでした? トピ主さんのHN「はるこ」が本名なら、ご主人はトピ主さんの名前を聞いた瞬間に恋に落ちてそう… トピ主さんは、いつもなんとなく流れで合わせてくれるから、ご主人は演じやすかったかも。 漫画の世界観に入り浸ってるご主人は放っておいて、トピ主さんは変な人に引っ掛かったことを反省して次に進みましょう。 ユーザーID: 5524803019• 色々とおかしな夫婦 小町に書き込むネット環境がありながら カタストロフィの意味も調べられない、調べても分からないとは 一体どういうことなのか理解不能なんですが… 旦那さんの空き缶どーたらは「世界が終わるまでは」の歌詞、 そしてあなたに言ってきたこと全て、やっぱりスラムダンクのエンディング曲 「あなただけ見つめてる」の歌詞そのものです。 化粧をやめる、友達を切る、お義母さんとお茶するまで!(笑) さすがにあの時代にFACEBOOKはありませんでしたが たぶんそれは歌詞の中の 「どこにいてもつかまるようにポケベル持ったわ」の変形でしょう。 車に詳しくなれ、サッカー好きになれとかも言われませんでした? というか、いくらスラムダンクが好きでもちょっと異常。 高校生でもあるまいし… 良かったですね、「世界が終わるまでは離れることもなーい!」 とか駄々こねられなくて。 「君が好きだと叫びたい!」とか言われたことありませんでした? エンディング曲には「マイフレンド」という曲もあります。 真実の愛なら乗り越えられたはず・・・とか いつも笑っていたね あの頃2人 とか ずっと見つめてるから とか、今後言われるかもね。 ユーザーID: 5378774183• そんなの『ないよ』。 トピ主自身が「貴方との結婚生活は災害・破滅だよ」と答えた んですよ。 内容からするとトピ主さんはチョット・・ですね。 23歳の子供ってところでしょうか。 ユーザーID: 6665193999• 次は、「一人で待つ二人だけの部屋」? 話したら私と結婚できたのは感謝してると言われました。 いつになく弱弱しくしおらしい感じでした。 あと、私が文句言うのはいいんです。 でも私以外の人に言われると腹が立ちます! 元夫は泣きながらスラムダンク読むので漫画は涙でグッショリしてちょっと汚いです。 (主人公がフラれるシーンでばかり共感して泣くので1巻が一番汚いです) 離婚届不受理ですか。 元夫は粘り強いんで心配ですね。 「諦めたらそこで結婚終了!」とか思ってそう(苦笑) もし私が離婚撤回したら 「アンビリーバブルや・・・」とか言いそう(苦笑) 結婚する時だって何度もプロポーズ断ってる私に粘って粘って 最後には、 「結婚・・・、したいです・・・」って街中で泣き崩れましたからね。 はぁ・・・。 そのわりに結婚式の日取りを決めるの延ばして 「まだ、慌てるような時間じゃない」とかふざけんじゃないっつうの! 酔っ払ってると私の頭にダンクしてくるんですよ!? 私の悲しい気持ちわかりますよね!?(泣) 実はまだ理由があって離婚届は提出していません。 別居はしています。 ユーザーID: 4745371865• さらに準備しよう!.

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カタストロフィ 意味

序 [ ] 頃、環東地中海を席巻する大規模な社会変動が発生した。 現在、「前1200年のカタストロフ(破局とも)」と呼ばれるこの災厄は、西アジア、、、本土を襲った。 この災厄は諸説存在しており、未だにその内容については結論を得ていない。 これらには諸説あり、気候の変動により西アジア一帯で経済システムが崩壊、農産物が確保できなくなったとする説、エジプト、、ヒッタイトらが密接に関連していたが、ヒッタイトが崩壊したことでドミノ倒し的に諸国が衰退したとする説などが存在する。 地震によって崩壊したとする説は環東地中海全体の崩壊ではなく、特定の国にのみ考えられており、少なくとものでは ()の調査によれば激しい活動が発生したことが確認されている。 この災厄についての分析によれば• ヒッタイトの崩壊• エジプトにおける海の民の襲撃• ギリシャのミケーネ文明の崩壊 以上の3項目に分けることができる。 また、このカタストロフを切っ掛けに東地中海に鉄が広がることになる。 ヒッタイトの崩壊 [ ] のラス・シャムラ遺跡で発見された文書によればヒッタイトの崩壊は前12世紀初頭とされている。 このラス・シャムラ遺跡を発掘した ()によれば、が沿岸を進み小アジアを横断、ヒッタイトとその同盟国へ攻撃を仕掛け、、、ウガリットへ手を伸ばしたとされている。 ただし、アナトリア内陸部にあるはその痕跡は残っていない。 また、ヒッタイトの最後の王がウガリットの支援を受けた上で海の民に勝利したというエピソードも残されているが、これは侵入者がヒッタイトを分断して崩壊へ導いたことを否定する材料にもならず、かららがヒッタイトを攻め滅ぼした可能性もフリュギア人らがヒッタイトの大都市が崩壊したのちにアナトリアへ至っていることから余り高くない。 ヒッタイトの崩壊には2つの仮説が存在しており、侵入者がハットゥシャ、 ()などあらゆる建物に火を放ったとする説。 ヒッタイトは内部と近隣地域から崩壊した後、の攻撃を受けた事によりウガリットを代表とする属国、同盟国が離反、さらには深刻な飢饉のために弱体化して崩壊したとする説である。 シェッフェルによれば後者の説には裏づけがあり、ウガリット、ハットゥシャで発見された文書によればヒッタイト最後の王、シュッピルリウマ2世は「国中の船を大至急、全て回す」よう命令しており、流域の小麦をへ運ぶのと同時に、王、その家族、軍隊を移動させようとしていた。 これはシュッピルリウマ2世が首都を捨てようとしていたことが考えられ、これについてシェッフェルは旱魃と地震により、ヒッタイトに繰り返し飢餓が発生していたと分析している。 さらにシェッフェルによればトルコのアナトリア地方は地震群発地帯であり、地震により火災が発生したことで各都市が火災の跡が残っているとしており、ウガリット時代の地層は稀に見るぐらいの激震で揺さぶられていたとしている。 また、前者の説はギリシャ北部から移住したフリュギア人、エーゲ海より侵入した人々、いわゆる『海の民』らがヒッタイトへ侵入、ヒッタイト滅亡の最大の要因となったと推測している説も否定されているわけではない。 エジプトにおける海の民の襲撃 [ ] 末期、エジプトには ()、と呼ばれる人々が定住しつつあった。 彼らはのからの移民であったが、エジプトの支配の及ばない地域であった。 当時の王、はこれを警戒して砦を築くなどの対策を採っていたが、マシュワシュ族などは商業活動でエジプトと関係していたため、さほど問題は生じておらず 、ラムセス2世がヒッタイトと激戦を交わしたの際にはとして後に『』と呼ばれる ()も参加している。 しかし、が即位すると風向きが変わった。 「 ()」によるとエジプトで大規模な飢饉が発生したことで、メルエンプタハはリビュア人らを追い返し、1万人近くを切り殺した。 さらに非リビュア系のシェルデン、シェケレシュ、 ()、 ()らの部族も侵入を開始したが、これら移民らの侵入はのによってからくも撃退された。 しかし、ラムセス3世の治世、さらなる問題が生じた。 この問題はリビュアなどの西側ではなく、など東側から生じた。 これがいわゆる「海の民」による襲撃であった。 ただし、この「海の民」は一部の部族のことではなく、少数民族が集まって部族連合を組織したものであったが、彼らはラムセス3世によって撃退された。 これらについて ()によれば全ての部族がリビュアと関係しており、さらに少人数であったとしており、これらはリビュアに雇われた傭兵隊であった可能性を指摘している。 さらに「海の民」らの侵入はエジプトに留まらず、シリアの諸都市、、も破壊された。 そしてこの中でもには「海の民」の一派であるらが定住することになった。 上では否定的に描かれた彼らは実際には優れた都市建築者で鉄器の製造者であり、移住先に先進的物質文化が持ち込まれた。 ミケーネ文明の崩壊 [ ] 紀元前13世紀、は繁栄していた。 しかし、災厄の予兆を感じていたのかギリシャ本土の諸都市は城壁を整えており、やでは深い井戸が掘られ、まさに篭城戦に備えているようであった。 また、では長大な城壁が整えられ、ミケーネ文明の諸都市はある脅威に備えていたと考えられる。 ミケーネ文明の諸都市、ミケーネ、ピュロス、は紀元前1230年ごろに破壊されており、この中では防衛のために戦ったと思われる兵士の白骨が発見された。 この後、これらの諸都市は打ち捨てられており、ミケーネ人がいずれかに去ったことが考えられる。 このことに対してペア・アーリンは陶器を調査した上でミケーネの人々は北部の山岳地帯、に逃げ込んだとしており、、、を放棄してアカイア、、に移動したとしている。 また、クレタ島にもミケーネ人らが侵入したと考えられており、西岸、、、、に移動している。 これらミケーネ人の移動により、ミケーネ文明は崩壊した。 この民族移動にはさまざまな意見がある。 らが移動する以前にがギリシャに侵入していたとする説、次に侵入など存在しなかったとする説 、そして海の民の侵入という説である。 そして、ミケーネ文明の崩壊についても諸説存在する。 文化的な衰退が始まったためにミケーネ文化が「」によって征服されたとする説は19世紀後半、文化的退廃理論が発達した時代では人気があった。 また、「海の民」の襲撃によって東地中海諸国が荒らされたさいにミケーネもそれに巻き込まれ滅亡したとする説も19世紀には主流であった。 これはインド・ヨーロッパ語族であるがに侵入したために先住民がアナトリア、ギリシャへ追いやられた。 そしてさらにフリュギア人らがヒッタイトを滅ぼした事で、このあおりを受けてアナトリアから追い出された人々が「海の民」であり、この海の民はキプロス、シリア、パレスチナを襲いさらに南下したがエジプトで撃退されたとする。 この説はによって主張されたものであるが、都合の良い理論であり現在では主流ではなく 、さらに宮殿こそ打ち捨てられているが、都市部にはその跡が見られず、侵入者が定住したことを疑問視する声もある。 そして ()によれば、侵入者などは存在せず、ミケーネ文明が崩壊したのは自然の影響による破局であるとしている。 そして「海の民」の侵入とする説は北方で発生した民族移動によって故地を追い出された古地中海人種やインド・ヨーロッパ語族に属する人々などいろいろな要素を持った人々が集団を形成してギリシャへ侵入したとする説である。 これらについては証拠も乏しく、また、海の民自体も侵入した先の人々と融合することにより速やかに姿を消したとしている。 暗黒の時代と復興 [ ] 地中海東部を襲う暗黒の影と製鉄技術の拡散 [ ] 前1200年のカタストロフを迎えた環地中海地帯は低迷期を迎える。 特にギリシャの衰退は激しかった。 それまで使用されていたは忘れ去られ、芸術品、壁画、ありとあらゆる文化的なものが失われ、それまで華やかであった土器も単純な絵柄であると化した。 アナトリアではが崩壊し、では全ての保護領が失われ王権は失墜しはじめた。 メソポタミアでも闇を迎え、好戦的なもその影響を受けながらからくも生き残っていた。 そして環東地中海地帯を数世紀に渡る後退期が包み込む事になる。 しかし、ヒッタイト帝国が崩壊したことで、、北部で行っていたと考えられている鉄のは海の民の動乱により各地へ広がった。 この出来事により鉄器が各地で普及、大衆化された。 各地の国家、民族がその製法を手に入れ各地にあるで鉄器を製造したが、この技術革新はそれまで存在した各地の国家の屋台骨を揺るがすこととなった。 このことをは『 鉄は解放者』であったと記している。 製鉄技術の拡散は各地に技術革新をもたらした。 手工業、鉱山業、農業技術、灌漑技術の発達など社会、経済に大きな影響を与えた。 しかし、一方で鉄器は武器の「改良」も進めることになった。 そして鉄の精錬を行うには燃料が必要であったが、これは局地的な生態系の破壊を引き起こすこともあった。 カタストロフによりエジプト、メソポタミア、ヒッタイトらが共に崩壊したために、近東では小国家が乱立した。 小アジアではが勃興、アッシリアと激しく戦い、アナトリア高原ではらが勢力を拡大した。 そしてアナトリア半島西部ではが勢力を広げ、シリアではらが勢力を広げた。 そしてパレスチナの地域ではらの王国も築かれ、の栄光を迎える。 これらの激動的変化の要因については答えが未だに確定していない。 しかし、東地中海周辺諸国の内外の様々な要因が複雑に絡み合った上で発生したことは間違いない。 地質学的には気温と海面の上昇が指摘されており、各地の青銅器時代の「宮廷」社会が崩壊して地域全体の生活、交易、交通の大変化が見られる。 それまで宮殿や宮廷を中心に活動していた人々は町を離れたために村落的な社会へと変化、パレスティナ、シリア、ギリシャなどでは牧畜が生業と化した事が考えられている。 エジプトにおける王権の衰退 [ ] ラムセス9世(右)とアメン大司祭(左)の彫像、同じ大きさであることに注目 『海の民』の襲撃を撃退したエジプトはその影響を免れた。 しかし、この襲撃によりの港などシリア、パレスチナの重要な海の民の襲撃を受けることになった。 これらエジプトの勢力圏であったシリア、パレスチナでの海の民らの襲撃はシリア、パレスチナにおける民族問題や経済問題に影響を与えた可能性が指摘されており、エジプトの王権に対する影響があったと推測されているが、証拠が少なく確定できない状態である。 『海の民』の襲撃を撃退したラムセス3世の死後、に8人の王が即位したが、と以外の王らが短命であったため王権が衰退することになった。 また、ラムセス9世の時代、の壁画のレリーフはラムセス9世の彫像と同じ大きさで描かれ、アメン大司祭の権力と王の権力が同等であったことが推測されており、この時期以降、王権が急速に衰退したと推測されている。 そしての時代、エジプトは軍事的、経済的に著しく衰退し、前11世紀末にはの神殿でさえもが放棄され朽ち果てることとなる。 アナトリア [ ] ミダス王の墓(紀元前6世紀) ヒッタイト滅亡の後、らは東部へ定住してアナトリアにおける、シリアとの交易ルートを押さえることに成功したが、統一国家を築くことはなかった。 しかし、隣接するアッシリアに対抗するためにメソポタミア北部、シリアのらと協力することになる。 前8世紀後半に王国を築き、の時代に最盛期迎えたが、前717年、アッシリアのとの戦いで敗北、さらに前7世紀前半、らの攻撃を受けて滅亡した。 そしてフリギュア人らが滅亡した後、キンメリア人らを追い出し、アナトリアの大部分を占領したのはであった。 シリアとアラム人 [ ] ヒッタイトの滅亡、エジプトの弱体化はその勢力下であったシリア、パレスティナを解放することとなった。 北シリアでは滅亡したヒッタイトの人々がセム系、の人々を支配下にしたと考えられている新ヒッタイトが支配し、中部シリアのも新ヒッタイトに占領された。 また、アラム人らが上流、周辺へ移住、新ヒッタイト、アッシリアとしのぎを削りながら ()、ビト・アグースィ、 ()、 などの小国家を打ち建て、さらに紀元前1000年にはシリア中部から南部、さらにはメソポタミア南部にまでその勢力を広げ、その一派であるカルデア人は新バビロニアを建設することになる。 そしては ()や ()らの時代、勢力を拡大した。 しかし、広範囲に広がったアラム人らは結局、統一国家を築くことはなかった。 イスラエルの勃興 [ ] の起源には諸説あり、確定したものはない。 しかし、前1200年頃、彼らがパレスチナ中央山岳地帯に出現した事は間違いないとされ、それまで牧畜を営んでいた彼らはこの時期に定住して農業を営むようになったと推測されている。 イスラエル人らは「士師」と呼ばれる指導者を中心にペリシテ人やカナーン人らと戦い、西方へ勢力を伸ばしたが、前11世紀後半、が王に即位して王制へ移行、諸部族統一に成功した。 そして前1010年頃に即位したの元では躍進し、次王の時代に最盛期を迎えたが、ソロモンの死後、王国はイスラエル王国とへ分裂した。 そしてイスラエル王国は前722年、もしくは前721年にアッシリアのによって、ユダ王国は前586年もしくは前587年にのによって滅ぼされた。 アッシリアの盛衰 [ ] 前14世紀、アッシリアはの圧力に悩まされていたが、ミタンニがヒッタイトの攻撃によって衰退すると勢力を増した。 中期アッシリア時代と呼ばれるこの時代、アッシリア王はエジプトとの対等関係を要求したことがで確認されており、前13世紀以降、アッシリアはさらに勢力を増し、シリアへ進出、これはエジプトとヒッタイトの間で友好関係を結ばせる結果となった。 そして前1114年に即位したはへ遷都、中期アッシリア法典を制定するとアッシリアは絶頂期に入ったが、すぐさま衰退期に入ることになる。 しかし前10世紀、以降、アッシリアでは徐々に革新への動きが見られ、前9世紀前半、がへ遷都、アッシリアは再び繁栄を迎える。 前9世紀後半から前8世紀半ばまでは停滞・現状維持状態に入るが、が即位すると再び勢力を盛り返した。 バビロニアの攻防 [ ] メソポタミアでは、がエラムによって滅ぼされたが、翌年、が勃興、その王であるはエラムに侵攻して短期間ながらを支配した。 しかし、ネブガドネザル1世の死後、アラム人らが侵入を開始、バビロンを代表とするバビロニアの諸都市は壊滅的打撃を受けた。 そして第2海の国、バジ王朝、エラム王朝などが勃興を繰り返したが、これ以降、バビロニアは事実上、暗黒時代を迎えた。 その一方では隆盛期を迎えており、 ()がに巨大なを建設、さらには前12世紀末、 ()がメソポタミアを攻撃、を代表とする戦利品をスーサに運び去り、その子、()はイシン第2王朝を攻め滅ぼした。 フェニキア人の活動 [ ] フェニキア人の商業範囲と交易ルート ミケーネ文明が崩壊してギリシャの海上活動が衰退すると、地中海を制したのはであった。 それまでパレスチナを中心とする海上交易はに独占されていたが 、の末裔であるフェニキア人らはこの好機を逃すことなく、を中心に活動、地中海沿岸にを代表とする植民都市を築いた。 前11世紀後半になるとフェニキアの活発な取引は ()と呼ばれる二色で彩色された土器の分布からその範囲が想像されており、フェニキア人の本拠地である(北はテル・スカス Tell Sukas 、南は)からシリア( ()平野、地方)、パレスチナ北部(、、 ())、フィリスティア( ())、北部(テル・エサル、テル・マソス)、(テル・エル=レタベ)などでこの土器が発見されている。 また、彼らの活動は商業だけではなく軍事活動も伴っていたことが考古学的資料から明らかになっている。 キプロスの繁栄 [ ] も海の民の侵入を受けた。 しかし、前12世紀中には復興して躍進したことが考古学的調査から明らかになっており、港町 ()、では大掛かりな建築物が構築されるまでに至っていた。 キプロスで採掘されるは精錬され、エジプト、シリアへ送られていることも明らかになっている。 キプロス島はレヴァントと商業的、文化的に密接に結びついており、エンコミ、キティオンではオリエント的影響を受けた建築物、神殿の奉納物が発見され、また、キプロスで発見される土器もシリア、パレスチナのものが多い。 このことからキプロス島とペリシテ人らのと間に密接な文化的つながりがあったことが以前より注目されており、このつながりが取引のネットワークと化し、前11世紀後半にはフェニキア人とペリシテ人らとの間で商業取引が行われたことが想像されている。 ギリシャの明暗 [ ] 詳細は「」を参照 ギリシャではミケーネ文明が崩壊し、暗黒の時代を迎えた。 しかし、この切っ掛けはギリシャに悪影響を与えるばかりではなかった。 西アジアでは強力な王権が発達していたが、ミケーネ文明の時代、ギリシャは ()(: 𐀷𐀩𐀏 - wa-na-ka、アナックスとも) や宮殿を中心とする再分配システムを中心に発達していた。 この中でもワナックスは王権へ進化する可能性もあったが、結局、王の絶対性を担保する王権へ発達することはなかった。 このため、ギリシャでは西アジアでは普通に見られる王に関する彫刻などは見られず、王の名前すら明らかではない。 ある意味、宮殿の崩壊はこのワナックスなどのシステムの限界を表したものとすら言える。 このカタストロフの影響はギリシャと東方との関係を一時的ながらも遮断することとなった。 しかし、この遮断は新たな社会構造を構築するチャンスをギリシャに与えることになった。 そしてが成立し、が繁栄することになる。 ギリシャは「前1200年のカタストロフ」で多大な被害を被った。 しかし、観点を変えるとギリシャは最大の恩恵を受けたとも言える。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 名称については様々な呼び方が見られる。 『 前1200年のカタストロフ』 、『 前1200年の破局』 、『 システム全般の崩壊』 、『 青銅器時代の終わり』、『 BC1200年の滅亡』 、『 青銅器の危機』 、『 東地中海の激動期』 など固定化されていない。 ただし、ハットゥシャで大火災が起って崩壊したことは発掘の結果明らかにされている。 の海岸遺跡、 ()遺跡(上ガリラヤ)では激しい破壊のあとが見られるが、その上にフェニキア人らの居住していたと見られる層が重なっており、バイクローム土器などが発見されている。 神に近い精神的絶対性をもつ王のことを表すと考えられ、この言葉は後にホメロスの叙事詩において王という意味を持つ「ワナックス」という言葉に変化したと考えられており、西アジアにおける初期国家の絶対的権力を持つ王の影響を受けて成立したものと考えられている。 また、これに似た言葉として「バシレウス」という言葉もあるが、これは世俗における政務の長を表すものと考えられている。 出典 [ ]• , Word study tool of ancient languages• 参考文献 [ ]• ロバート・モアコット著 青木桃子訳 桜井万里子監修『古代ギリシア 地図で読む世界の歴史』河出書房新社、2004年。 著『地中海の記憶 先史時代と古代』藤原書店、2008年。 ビル・マンリー著 鈴木まどか監修 古田実訳『古代エジプト 地図で読む世界の歴史』河出書房新社、1998年。 グレン・E・マーコウ著 片山陽子訳『 世界の古代民族シリーズフェニキア人』創元社、2007年。 松本宣郎・牟田口義郎著『 地域からの世界史10地中海』朝日新聞社、1992年。 近藤二郎著『 世界の考古学4エジプトの考古学』同成社、1997年。 佐藤次高編『 世界各国史8西アジア史Iアラブ』山川出版社、2002年。 永田雄三著『 世界各国史西アジア史IIイラン・トルコ』山川出版社、2002年。 周藤芳幸・村田奈々子共著『ギリシアを知る辞典』東京堂出版、2000年。 編『ギリシア史』山川出版社、2005年。 エリック・H・クライン著 安原和見訳『B. 1177 - 古代グローバル文明の崩壊』筑摩書房、2018年。

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catastropheの意味・使い方|英辞郎 on the WEB:アルク

カタストロフィ 意味

「カタストロフィ」とは? 「カタストロフィ」という表現は、 「突然の大災害・大惨事」や 「劇・小説における悲劇的 破滅的 な結末」を意味しています。 ギリシア語の 「倒れる・転覆」を語源とする 「カタストロフィ catastrophe 」には、 「今までの状態をひっくり返すような変動・災害・惨事」の意味のニュアンスがあるのです。 また 「カタストロフィ」には、 「演劇・物語の大詰めや大団円 良い結末 」という意味合いもあります。 「ディザスター」とは? 「ディザスター」という言葉は、 「災害 人為的な人災・自然災害 ・災難・大きな失敗」の意味を持っています。 「ディザスター disaster 」の具体的な災害の例としては、 「飛行機事故・列車事故・原発事故・自動車事故・放火による火事などの人為的な人災」 「地震・台風 ハリケーン ・大雨・洪水・火山噴火などの自然災害」を上げることができます。 「カタストロフィ」と「ディザスター」の違い! 「カタストロフィ」と 「ディザスター」の違いを、分かりやすく解説します。 「カタストロフィ」というのは 「突然の大惨事・大変動」や 「劇・小説における悲劇的 破滅的 な結末、演劇の大詰め」を意味していますが、 「ディザスター」という言葉は 「劇・小説の悲劇的 破滅的な 筋書き」の意味を持っていないという違いがあります。 「カタストロフィ」も 「ディザスター」も 「突然の大災害 人災・自然災害 」という意味では共通していますが、 「カタストロフィ」は 「災害以外の悲劇的な出来事や大きな変動も含んでいる」という違いを指摘できます。 また災害の被害規模についても、 「カタストロフィ」のほうが 「ディザスター」よりも大きい より悲惨である という違いがあります。 まとめ 「カタストロフィ」と 「ディザスター」の意味の違いを詳しく説明しましたが、いかがだったでしょうか? 「カタストロフィ」というのは、 「突然の災害や惨事・大きな破滅・悲劇的な結末」を意味しています。 それに対して、 「ディザスター」という言葉は 「災害 人為的な人災・自然災害の双方を含む 」の意味合いを持っています。 「カタストロフィ」と 「ディザスター」の違いを調べたい時には、この記事の内容をチェックしてみてください。

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