薔薇 の 名前 ドラマ。 【第1話最速レビュー】『薔薇の名前』を見る前に知っておきたい3つのキーワード

『薔薇の名前』第8回 真理を笑うことの意味

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AXNミステリーにて10月より放送スタートの『薔薇の名前』。 イタリア人作家ウンベルト・エーコによるベストセラー小説をドラマ化!雪深い北イタリアの修道院で起きる不可解な連続死の謎に、卓越した洞察力を持つ修道士ウィリアムとその弟子アドソが挑む本格ミステリー!一足先に第1話を視聴した筆者によるレビューをどうぞ! 【あらすじ】修道士探偵と弟子が挑む連続怪死事件… 時は14世紀。 ローマ教皇ヨハネス22世と神聖ローマ帝国皇帝の権力争いが激化する中、皇帝軍の将軍を父に持つ青年アドソは、戦いに明け暮れる日々に疑問を抱き、宗教家としての道を志す。 父の元を訪れていた壮年の修道士ウィリアムと出会い、興味をひかれたアドソは、弟子として彼の旅に同行することに。 ローマ皇帝の命を受け、教皇派との「神学論争」に終止符を打つべく派遣されたウィリアムは、かつて公正な姿勢を貫いた異端審問官として、キリスト教内でも高く評価された男であった。 しかし…教皇派との会談の場として定められた修道院にたどり着いた二人を待ち受けていたのは、修道士の怪死事件だった。 原因の究明、そして容疑者の断定を求められたウィリアムはその任を引き受けるも…修道院内に蔓延する不穏な空気、そして教皇派の一団の到着が刻一刻と迫る中、事態は予想外の展開に進んでいく…。 「中世ヨーロッパが舞台のミステリーであることは分かった。 でも、それ以外にもなにか重要なことが起きてるよね?」 という方に向けて、これを知っておくと、もう少しすんなり内容が入ってくるかもしれない設定を少し説明しようかと思います。 専門家の方はもちろん、先に挙げたお三方のような皆様にとっては簡単すぎる説明になりますので…微笑みと共に流していただくか、サクサク次ページのキャスト紹介に飛んでいただけると幸いです。 ちなみにドラマを一回見ただけでは掴みにくい、思わず聞き逃してしまうようなことをざっくりと説明するに留めますが、人によってはネタバレかもしれませんので、ご注意ください。 ヨーロッパにおいて絶大な支持を集める一大勢力となったキリスト教。 ですが、その内部ではそれぞれが重んじるものによっていくつもの会派に分かれています。 これは現在でも同様ですね。 ドラマの中で描かれているのは、キリスト教の中枢を担うローマ教皇およびその一派と、神聖ローマ帝国皇帝(そしてローマ教皇から離れたフランチェスコ会)との対立です。 第1話ではまだローマ皇帝は登場しませんが…。 アドソの師ウィリアムは「ローマ皇帝の命を受けて」「教皇派との対立を終わらせるために派遣された」「フランチェスコ会」の修道士、ということを知っておくと、なんとなく情勢が分かるかもしれません。 ちなみに、ドラマに登場するローマ教皇とその側近たちはかなり豪華な服を身にまとっている一方、 ウィリアムやアドソ、そして物語の舞台である修道院の修道士たちの生活はかなり質素なものです。 要するに本の挿絵のことです。 ヨーロッパの古い書物のページの端には壮麗なイラストがともに描かれていることが多いので、現在では芸術品としての価値も高いものが多いですよね。 ドラマの舞台であるこの修道院は文書館としての役割も果たしており、集積している書物の数や質はキリスト教世界でも有名…と語られます。 その文書館にまつわる秘密が物語にも大きく関わってくるところではありますが…このシーンはかなり視覚的にもわかりやすく魅力的なので、個人的にオススメしたい要素でもあります。 かつての本といえば、たとえ一般に開放されるような場所であったとしても、決して外に持ち出せないよう鎖がつけられていたというほどの貴重品であったそうで。 知識と財産、その両方の面を持つ本と、それを保管する場所である文書館。 一体どのような秘密を抱えているのか…ここにも注目していただきたいです。 多数派に対する少数派…と決めつけることはできませんが、その時と場所、政治的情勢などによって対象が変化しながら、世界のあちこちで行われてきました。 ドラマの中では、ウィリアムがかつて異端審問官であったが、多くの異端審問官とは異なり時には無罪判決を言い渡すこともある公正な目の持ち主であったことが触れられます。 ドラマの中で示される異端とは、すなわち「ローマ教皇の広める教義とは異なる信条」(=清貧を貴ぶ考え方)、と考えられます。 NEW YORK, NEW YORK - MAY 22: Actor John Turturro visits Build Studios on May 22, 2019 in New York City. シャーロック・ホームズばりの洞察力と名推理を魅せる修道士ウィリアムを演じるのは、ジョン・タトゥーロ。 映画『クイズ・ショウ』 1994 とドラマ『ナイト・オブ・キリング 失われた記憶』 2016 で過去に2度ゴールデン・グローブ賞にノミネート経験を持つ名優ですね。 海外ドラマ好きな方にとっては、トニー・シャループ主演『名探偵モンク』 2002-2009 に登場したエイドリアン・モンクの兄、アンブローズ・モンク役でピンとくる方も多いのではないでしょうか。 広場恐怖症で重度の引きこもり…という設定でしたね。 MONK -- "Mr. ちなみにこちらの映画は、今年開催された東欧最大級の映画祭カルロヴァリ国際映画祭にて初上演されました。 さらに現在は、新たなTVシリーズ『The Plot Against America (原題 』と、Netflixにて配信予定の子供向けアニメーション『Green Eggs and Ham(原題 』が撮影中とのことです。 MUNICH, GERMANY - JUNE 29: Actor Damian Hardung attends the premiere of the movie 'Das schoenste Maedchen der Welt' of Munich Film Festival 2018 at Mathaeser Filmpalast on June 29, 2018 in Munich, Germany. ドイツのTVシリーズを中心に活躍している若手俳優です。 現在21歳! ドイツの作品はなかなか日本では観る機会が少ないですが…Netflixにて配信中の『ドラッグ最速ネット販売マニュアル』 2019 に出演中ですので、彼の活躍をもっと見たいという方はぜひ。 LONDON, ENGLAND - MARCH 27: Rupert Everett attends the National Film Awards at Porchester Hall on March 27, 2019 in London, England. 主演映画『ベスト・フレンズ・ウェディング』 1997 や『恋に落ちたシェイクスピア』 1998 、『ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち』 2016 など数多くの映画に出演。 『パーソン・オブ・インタレスト』 2011-2016 のハロルド・フィンチ役でおなじみですね。 TVシリーズへのゲスト出演が多かったマイケル・エマーソンですが、本作『薔薇の名前』では久々にじっくり彼の演技を楽しむことができますよ! ちなみに、マイケル・エマーソンですが、2019年9月からアメリカでスタートした新作TVシリーズ『Evil(原題 』第1話にも出演しています。 BEVERLY HILLS, CA - AUGUST 01: Michael Emerson of Evil speaks during the CBS segment of the 2019 Summer TCA Press Tour at The Beverly Hilton Hotel on August 1, 2019 in Beverly Hills, California. その争いを終わらせるべく用意された会談の場で起こる不可解な連続怪死事件…。 様々な思惑を抱えながら集う権力者の代弁者。 そして彼らを迎え入れる修道士たちの質素で厳格な暮らしに隠された複雑な人間関係…。 推理劇でありながら歴史ドラマとしての重厚な魅力もあり、壮麗な修道院という舞台の外で巻き起こる巨大な覇権争いも垣間見える、一粒で2度どころか3度おいしいドラマに仕上がっています。 誰が容疑者なのかを考えるミステリー作品としてもかなり楽しめますし、中世ヨーロッパ独特の雰囲気を楽しみたい方にもオススメです。 ドラマを見ていて「?」となったことは積極的に調べてみても楽しいかもしれません。 今回の記事で、『薔薇の名前』について少しでも興味を持っていただければ嬉しいです。 長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!.

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新たなホームズ物語!ドラマ版『薔薇の名前』がNHKに登場

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ここでは登場人物たちを簡単に紹介します。 バスカヴィルのウィリアム 主人公。 フランシスコ会の修道士で、アドソの師です。 大変に明晰な人物ですが、イギリス人らしい皮肉な性格もしばしば見せます。 メルクのアドソ ベネディクト会の見習修道士で、ウィリアムの弟子。 この小説は、事件から遥か後年に彼が書いた手記という体裁になっています。 フォッサノーヴァのアッボーネ 修道院長。 厳格な修道士ですが、宝石を好む一面もあります。 彼の属するベネディクト会は、本来、清貧を旨としますが、この時代には世俗化が進んでいました。 レミージョ・ダ・ヴァラージネ 修道院の厨房係。 ひた隠しにしていますが、かつて過激な異端のドルチーノ派に属していたことがあります。 サルヴァトーレ レミージョの助手。 元ドルチーノ派です。 放浪の暮らしをしていたため、各地の言葉を混ぜ合わせた奇妙な言葉を話します。 マラキーア・ダ・ヒルデスハイム 修道院の文書館長。 なぜかウィリアムの調査に非協力的で、問題の書物を隠そうとします。 アリナルド・ダ・グロッタフェッラータ 最長老の修道士。 すでに老齢によって思考力は衰えていますが、連続怪死事件と、聖書の「黙示録」の関連をウィリアムに示唆します。 ホルヘ・ダ・ブルゴス 盲目の老修道士。 なぜか笑いを軽蔑すべきものとしていて、キリストは笑わなかったと強硬に主張し、ウィリアムと対立します。 ベルナール・ギー ドミニコ会の修道士で、異端審問官。 ウィリアムの本来の目的である、教皇派と皇帝派の会談の調停のために、修道院を訪れます。 作者、ウンベルト・エーコとは?2016年に死去 この作品では、盲目の老修道士ホルヘとウィリアムが、「笑い」を巡って激しい議論を戦わせます。 ホルヘの主張は、笑いは愚かな軽蔑すべきものであり人間を堕落させる、ということ。 「笑いは愚かさの徴なのだ。 笑いながら、人は笑う対象を信じてもいなければ憎んでもいない。 つまり、悪を笑うのはそれと戦う意志がないからだ。 そして善を笑うのは善がみずからを広めようとする力を認めていないからだ」 (『薔薇の名前』より引用) これに対して、ウィリアムは反発します。 「さて、もうおわかりであろうが、 理性に反した不合理な命題のもつ偽りの権威を突き崩すためには、 時に応じて笑いもまた正当な一つの手段たりうるのだ。 笑いには悪者を混乱させてその愚かさを白日のもとへ晒す働きがある」 (『薔薇の名前』より引用) 彼は他にも、笑いには緊張や苦悩で凝り固まった心を解きほぐし、癒す効果があると主張します。 両者の意見はどこまでも平行線を辿ります。 ホルヘのように笑いを否定する意見のなかには、笑いには権威を失墜させる効果があることを見抜き、それを恐れる面もあるのでしょう。 神の権威、教会の権威、そしてそれを背景にした、自分の権威の失墜への恐れです。 だから笑いを弾圧し、権威による恐怖で支配しようとしたのでしょう。 修道院内でおこなわれていた薬物研究が治療のためばかりでなく、ヒ素などの毒物、幻覚剤などに及んでいたことからも、そう推測されます。 後半に出て来る、異端審問官による裁判などは拷問であり、恐怖による支配そのものです。 『薔薇の名前』というタイトルは謎めいています。 一体何を表しているのでしょう。 主要な登場人物のなかで、ただ1人だけ名前が出て来ない人物がいます。 アドソが生涯ただ1人恋した少女です。 それゆえに、薔薇の名前とはその少女を表しているのだ、という解釈があります。 その一方で『薔薇の名前』とは、中世の普遍論争に関係するのだ、という解釈もあります。 普遍論争とは、実在するものとは何かという哲学的な議論で、実念論と唯名論が対立していました。 実念論とはプラトンのイデア論に似た理論で、個々の薔薇ではない概念としての薔薇、つまり「薔薇」という言葉自体が示す観念が、実在するという立場です。 それに対して唯名論では、実在するのは1つ1つの物としての薔薇だけで、「薔薇」という概念は人間が頭の中でこしらえた物に過ぎない、という立場なのです。 作品のなかで主人公のウィリアムは、唯名論的な考えを持っています。 しかし語り手のアドソは、晩年になって「薔薇は枯れるが名前は残る」というような、実念論的な考えになります。 これについて、作者は何も言っていないので、あくまで読者の考察ではありますが、より作品を楽しむ要素になっているのは間違いないでしょう。 『薔薇の名前』をもっと知りたいなら、これを読むべし! ウィリアムとアドソが、修道院の危険な秘密にあまりにも近付いたため、修道院長は元々自分が依頼したにも関わらず、もう調査は続けなくてよい、明朝ここを出て行くようにと命じます。 そのためウィリアムは何としても、その夜の内に問題の本が隠されている秘密の部屋へ入って、真相を付き止めようと焦りました。 そして遂に、暗号を解いて、閉ざされた部屋に入ることができたのです。 そこで待っていたのは、盲目の老修道士であるホルヘ。 隠された問題の本には、アリストテレースの失われた著書、笑いを肯定する理論が書かれていたのでした。 笑いを憎んでいたホルヘは、それが世に出るのを防ぐため、読んだ者を死に追いやる恐ろしい仕掛けを施していたのです。 遂に明かされるそのトリック、そしてその後に待っていたのは、壊滅的な悲劇でした。 気になる方は、ぜひお手に取ってお確かめください。

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全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。 その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、 杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。 「ああ、フーダニットね。 もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。 手塚治虫のマンガで読んだもん」( 名古屋読書会・加藤篁) 「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。 マジ泣いちゃったなー。 We will rock youuuu!!! 」( 札幌読書会・畠山志津佳) 今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。 ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発! 加藤:台風と地震に翻弄された9月のあと、やっと気候も落ち着いて爽やかな秋の到来かと思ったら、なんだかいつもと違う。 僕のランニングコースの公園も、例年なら銀杏の実が歩道を埋め、金木犀の匂いで息苦しいほどなのに、今年の銀杏は台風でとっくに落ち、なんだか金木犀も元気がない。 四季の移り変わりがこんなに分かりづらかった年は記憶にないなあ。 朝夕がめっきり寒くなってまいりました。 皆さん風邪などお召しにならぬようご自愛ください。 さてさて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。 今回のお題は、いつか来るのは知っていたけど遂に来たあの大作 『薔薇の名前』。 1980年の作品です。 舞台は14世紀の北イタリア。 見習修道士のアドソは師のウィリアム修道士とともに山深いベネディクト会修道院を訪れた。 数日後に行われる教皇派と皇帝派による「キリスト清貧論争」の決着を見届けるためだ。 そこには門外不出の膨大な古今の書物を蔵する、迷宮のような文書館があり、様々な研究や写本に一生を捧げる修道僧も大勢いた。 そんな閉ざされた学究の地で、連続殺人事件が発生する。 卓越した知見と論理的思考で知られるウィリアムは僧院長から探偵に指名され、アドソを助手に事件とその背後の謎に挑んでゆく—— さあ、来ましたよ。 みんな大好き『薔薇の名前』です(震え声)。 著者のウンベルト・エーコは1932年生まれのイタリア人作家。 トリノ大学で中世の哲学や文学、美術の研究に打ち込み、卒業後はイタリア国営テレビ局で制作に携わりました。 その後、記号論に傾倒し30歳になるころにはすでに記号論学者として注目される存在になっていたそうです。 そんなエーコの最初の小説が本作『薔薇の名前』。 当然、原文はイタリア語。 その難解さにもかかわらず、またはそれゆえにと言うべきか、世界中で評判となり、大ベストセラーとなったのでした。 この『薔薇の名前』の凄いところは、誰が何と言おうと疑いようのないミステリーなのに、宗教、歴史、哲学など膨大な量の情報に溢れているところ。 ホームズとワトソンが関係者の間を巡って事件の解決を試みるという真っ直ぐな幹に、途轍もない量の枝葉が生い茂り、かき分けてもかき分けても中心にたどり着けない。 まさに知の迷宮。 とはいえ、意地の悪い衒学趣味とは違い、本来そっちで権威といわれる人がミステリーを書いたらこうなったという感じか。 僕は読むのは遅いけど、一度読み始めたら余程のことがない限り最後まで読む派なんだけど、本作は数少ない「挫折本」でした。 とはいえ、それも昔の話。 そのときは体調も良くなかったに違いない。 これは自分の成長を確認するチャンスだぞと思い、読み始めました。 畠山さんはこの本とどう向き合ったのかメッチャ興味ある。 畠山:『薔薇の名前』は文庫になったら読もうかなぁ。 そう逃げの一手を打っていた昔の自分に、さようならです。 なにせ8月に福島読書会が『薔薇の名前』の読書会を行い、9月にはNHK「100分de名著」のお題が『薔薇の名前』。 これはまさしく「ミステリー塾」のための援護射撃だ! と鼻息を荒くした私は、この晩夏を『薔薇の名前』に捧げ切ったのでありました。 修道院の殺人事件を追うのが、バスカヴィルのウィリアム修道士と見習いのメルクのアドソ。 このネーミングは完全にホームズとワトソンですよね。 そして登場するなり、鮮やかな推理で僧院から逃げた馬についてピタリと言い当てるウィリアムの名探偵ぶりに惚れ惚れしまして、恐れおののきつつ本を開いた身としては、ここで少し落ち着きを取り戻せました(プロローグの「手記だ、当然のことながら」で一度失神しかけたことは忘れて)。 文書館の建物から転落死した修道士の身に何があったのかを突き止めてほしい。 そう依頼された二人ですが、翌日には二人目の犠牲者が出ます。 またしても修道士が、今度は豚の生き血の入った甕に逆さに突っ込まれた状態で見つかるのです。 スバラシイ!『犬神家の一族』の秘技スケキヨ・伊バージョンですよ! そして、次々と生まれる犠牲者は、どうやら黙示録に見立てられているらしいことがわかります。 第一の喇叭でどうとか、第二の喇叭でこうとかって、こ、こ、これ悪魔の手毬唄やんか! なんだよ、ウンベルト・エーコ、横溝ファンかよ! と、テンションあがりまくり(この間に宗教論やら当時の政治情勢のお話やらで倒れかけたり、修道僧たちの秘め事の匂いでまた浮き上がったりと、忙しかったのですが)。 とにかくこの大作に振り落とされまいと、ノートにメモをとりながら読み続けること3週間。 いよいよウィリアムとアドソが横綱級のラスボスと対峙し、禁じられた書物に触れ、長らく僧院を支配してきた陰謀の全容が明らかにする——というそのとき、やってきたのが北海道の地震と停電です。 なんとなんと、この大盛り上がりのラストを、夜の闇の中、ランタンの灯りにかじりついて読むという稀有な体験をすることとなりました。 魑魅魍魎が跋扈する夜の文書館に、小さな灯りを手に忍び込むウィリアムとアドソと完全に同化。 4DXもかくやの臨場感ですよ。 いやぁ、私の読書人生ここに極まれりと思いましたね。 普段の行いがいいからなぁ、あっはっは! ところで加藤さんはそれなりに楽しめたの? ウンチクとか、ウィリアムのキャラなんかはけっこうお好みなんじゃないかなと思ったけど、どう? 加藤:『薔薇の名前』は映画から入ったので、僕のなかでウィリアムは完全にショーン・コネリーだなあ。 当時、ジェームズ・ボンドを引退してまだ間もなく、修道士の役でトンスラ(頭頂部を剃りあげてある)だったから気が付かなかったけど、翌年の『アンタッチャブル』では驚いた。 007がカツラだったという衝撃の事実。 そして、もう一つ、映画『薔薇の名前』といえば、やはりロン・パールマンの圧倒的な存在感ですな。 さて、『薔薇の名前』は世界で5,500万部を売ったといわれる大ベストセラー。 日本でも、東京創元社のミステリーのなかで最も売れたと言われる超有名作です。 しかし、本作は、ベストセラーと聞くとホイホイ手を出す私のようなヌルい「読書好き」に、開始早々ラリアットを食らわせ、立ち直る隙を与えずサソリ固めをきめる、みたいな容赦ないストロングスタイルの作品です。 売れた数がハンパないだけに、もう間違いなくダントツの「挫折率ナンバーワン」本ではないかと思うのです。 でも、考えてみれば、本作には「迷宮のような図書館」「大昔に失われた幻の書」「暗号」「連続見立て殺人」など、ミステリー好きには堪らない要素がいっぱい。 それなのに何故こんなにも苦労するのか。 同じ枠のような気もするダン・ブラウン先生の『ダ・ヴィンチ・コード』は一気に読めたのに。 これが、記号論学者が手を抜かずに書いた、他の誰にも真似できない濃密さというやつなのでしょうか。 ちなみに僕は、何度聞いても何を読んでも「記号論」が何かわかりません。 しかし、今回初めて最後まで読んで分かったのは、つらいと感じるのは上巻の真ん中くらいまで。 下巻に入る頃にはアラ不思議、すらすらとは言わないまでも、時間を忘れて集中できている自分に気付いて驚きました。 さらに、あんなに集中して読んだのに、これしかページが進んでいないという事実にもw 本作の翻訳を担当されたイタリア文学者の河島英昭さんは今年の5月にお亡くなりになりました。 文庫化に向け全面改稿が進行中と伝えられながら幾霜月。 ついに新訳が完成しなかったのは残念の一言ですが、誰よりご本人が無念だったことでしょう。 ご冥福をお祈りするばかりです。 畠山さんのように 「文庫がでたら本気出す」って言ってた皆さん、もう諦めて読むしかないのです。 本書が「失われた幻の書」となる前に。 畠山:クリスマスパーティーをして、除夜の鐘をついて、初詣に行く平均的日本人の私には、宗教についての考察なんてハードルが高すぎるとビビりましたが、宗教家たちが清貧について大論争するシーンは、かなり楽しめました。 思いもかけないスラップスティックな展開に軽く噴飯。 ガチの宗教論争を覚悟していただけに、あの皮肉たっぷりなユーモアはいい意味で肩透かしでした。 もちろん大真面目に語られる部分もあるし、中世ヨーロッパの政治や社会背景、キリスト教の歴史を踏まえていないとピンとこないものも多いです。 でもそこをちょっと辛抱して読み進めるうちに、知的好奇心が刺激されて、 だんだん面白味を感じるようになっていくから驚きです! すみません、ちょっと盛りました。 ときどき幽体離脱を余儀なくされるのは織り込み済みで、ぜひぜひ場面を楽しみましょう、ご同類の皆様。 先ほど紹介したとおり、ミステリー的にも十二分に面白いですし、修道士たちのキャラや、ウィリアムとアドソの師弟漫才も萌えポイントです。 私がとっても気に入ったのはアドソが生涯ただ一度の性体験をするシーンです。 狂おしいほどの恋心と、禁を犯す修道士としての葛藤と、でもやっぱり肉体の悦びが何にも勝る瞬間の眩いほどの美しさ。 詩的で情熱的な言葉のイリュージョン。 『薔薇の名前』はラテン語で書かれたアドソの手記がまず仏語に訳され、年月を経て私(=エーコ)がイタリア語に訳しましたという形式をとっているので、実はこの文章がアドソの書いたものと全く同じとは言い切れないのです。 この場面もひょっとしたら後で演出が加わっているかも。 ムフフ。 現代にも通じる問題提起として興味深かったのは「異端」について。 作中では「異端とはなんぞや」「異端はどうやって作られるか」が何度となく述べられます。 「異端者」とはキリスト教以外の信仰を持つ人、もしくは信仰を持たない人だけを指しているわけではないのですね。 自分が絶対的に正しい立場であろうとするために、違う考え、違う基準を持つ人たちを排除しようとする心が生み出すもの、と私は受け止めました。 そういう考えに陥らないために必要なのが「知識」なのですが、ここでミソとなるのが僧院の文書館。 知の集積場であるのは当然ですが、それと同時に、異教徒の叡智が世に出回らないよう閉じ込めてしまう場所でもあるのです。 権力者や学識者が知識を独占し、人々を無知のままでいさせようとするなんて、考えるだけでも恐ろしい。 でも多様性の受け入れとか、知識や情報がオープンであることって、私たちが暮らすこの現代でも完全に実現されているとは言い難いですよね。 お話の時代から600年近く経っているわりには進歩してないのかなぁ、なんて考えさせられました。 『薔薇の名前』、無事制覇おめでとうございます。 ウンベルト・エーコが近代小説に関する知見を惜しみなく注ぎこんだ畢生の大作は、我が国では1990年に翻訳書が刊行されました。 1980年代に巻き起こったニュー・アカデミズム・ブームが幕引きを迎えようとしていた時期でもあり、出たてのころはとにかく難しそうに論じる書評ばかりを見かけたもので、恐ろしくてなかなか手が出せなかったことを覚えております。 後日、それこそ高峰に挑むつもりで手に取ってみたところ、たしかに取り付きにくくはあるものの、プロット自体は懐かしい古典探偵小説そのものであり、シャーロック・ホームズ譚への目配せなど、処々にミステリー・ファンを楽しませようという気遣いもあり、きちんと楽しく読み通せたことに自分でも驚いたものでした。 食わず嫌いとはまさにこのこと、と思ったものです。 『薔薇の名前』は読んでいくと様々な分野や作品に通じる小径=pathを発見できる小説です。 ハイパーリンクが文中に設けられているようなもので、知の体系に遊ぶための手引きとして読むもよし、ただ情報に戯れるもよしで、さまざまな楽しみ方を許してくれる良書です。 翻訳ミステリーと一般文学は決して遠く隔てられた世界ではなく接点には思わぬ発見があるのだということを本書は読者に気づかせてくれるでしょう。 エーコはエッセイ 『小説の森散策』の中でもミステリーというジャンル文学についての考えを詳しく述べております。 こちらは親しみやすい内容なので、もしよろしければ。 ところで1990年には文学書を巡る、もう1つの重要な出来事がありました。 サルマン・ラシュディ『悪魔の詩』(新泉社)が翻訳されたのです。 ムスリム社会の中では同書に過敏な反応をする勢力があり、出版関係者に対して死刑宣告が行われて、わが国でも翻訳を担当された五十嵐一氏が殺害されました。 こうしたテロ行為は決して許されませんが、「現実を浸食する物語」がエーコの重要な主題であったことを思い返すと、小説に対する態度について今一度考えたくなるのです。 エーコは小説第2作の 『フーコーの振り子』以降、陰謀論をライトモティーフの一つとして明確に打ち出すようになります。 現実の歴史においてしばしば、物語は大きな悲劇を産みだす元凶となってきました。 エーコはそのことについて忘れない作家でした。 晩年の著作 『プラハの墓地』や 『ヌメロ・ゼロ』も、フェイク・ニュースについての皮肉な物語だったのです。 物語とは何かを考えるとき、負の側面についてもエーコは決して目を逸らさずに見つめ続けました。 そんなことも含めて、彼の著作には大きな魅力を感じるのです。 さて、次回はトマス・ハリス 『レッド・ドラゴン』ですね。 これまた楽しみにしております。

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