レイシズム の 意味。 「レイシスト」とは?意味と使い方を例文付きでわかりやすく解説

ファシズム

レイシズム の 意味

目次(項目リンクからお好きな部分にジャンプ可)• 石垣のりこ参院議員の高橋洋一さんレッテル批判発言 れいわ新選組の山本太郎代表は10月30日、野党統一会派に参加する馬淵澄夫元国土交通相と共催する「消費税減税研究会」の初会合を開きましたが、立憲民主党からの参加者は石垣のりこ参院議員ら3人にとどまりました。 しめつけがあったようです。 なお、「消費税減税に向けた取り組みなら何でも参加する」というわけではありません。 私自身は党派や主導権争いには一切興味ありませんし、何よりも、レイシズムやファシズムに加担するような議員、さらには、憲法秩序を蔑ろにするような立憲主義に反する議員のいる取り組みには一切寄与しません。 — 石垣のりこ norinotes 初回講師は高橋洋一さん 石垣のりこ議員は欠席 11月28日、山本太郎代表主催の「消費税減税研究会」の初回講師は高橋洋一さんでした。 その欠席理由のツイートが炎上して「高橋洋一」がツイッターのトレンドになりました。 ん?れいわの勉強会のせい? オレは相手のイデオロギーは気にしないし、相手のロジックに興味があるので、どんなイデオロギーの人とも議論するけどな。 今日は各種データと税理論・社会保障論・ファイナンス論を紹介しただけ — 高橋洋一(嘉悦大) YoichiTakahashi レイシズムとファシズムに加担するような人物を講師に呼ぶ研究会には参加できません 石垣のりこ議員の欠席理由は、講師の高橋洋一さんが「レイシズムとファシズムに加担するような人物」だからだそうです。 明らかに、権力者である国会議員が、名指しでレッテル貼りをして、高橋洋一さんを否定、排除しようとしていますので大騒動になりました。 馬淵澄夫さん山本太郎さん主催の消費税減税研究会。 初回の講師は、高橋洋一氏とのこと。 これから始まるという時に大変残念ですが、当初言明したように私は、レイシズムとファシズムには一切加担しません。 よって、レイシズムとファシズムに加担するような人物を講師に呼ぶ研究会には参加できません。 — 石垣のりこ norinotes この件について、山本太郎氏と電話で話をしました。 山本氏は「普段の主義主張や見え方よりも、その人の専門的な知見を尊重したい」という趣旨のことをおっしゃいました。 「どんな人からも学べるところはある」「罪を憎んで人を憎まず」、その通りだと思います。 — 石垣のりこ norinotes どんな前科前歴があろうと、「今現在その問題がなければ」、政治家ですからその人の専門的知見に耳を傾けるのは当然です。 が、やはり、レイシズムとファシズムは違います。 — 石垣のりこ norinotes 消費税ゼロを誰よりも力強く訴える山本太郎氏へのリスペクトはかわりません。 が、「その目的のために、ときにはレイシストと同席する」という考え方に立つことはできません。 — 石垣のりこ norinotes レイシズムとファシズムに加担する人から学ぶような姿勢の行きつくところに、「ジャパンライフの社長を総理が招く」というような、道理が引っ込む由々しき現実があるのだと考えます。 — 石垣のりこ norinotes ファシズムが反緊縮であることは歴史上よくあることです。 むしろ、極右ファシストが反緊縮やレイシズムと同居していたのが、20世紀の負の歴史の特徴でしょう。 その反省にたち、反緊縮・消費税ゼロ、この道を歩むものは、ファシズムとレイシズムの影を強く意識し、闘わなければならないと思います。 — 石垣のりこ norinotes 何を根拠とされているのでしょうか 私がレイシズムとファシズムということですが、何を根拠とされているのでしょうか教えていただけますか — 高橋洋一(嘉悦大) YoichiTakahashi 高橋洋一さんは、産経新聞の取材に「人権を守る人がこんなことを言ってはいけない」「院外の発言だ。 名誉毀損だ」と答えられたようです。 石垣のりこ議員のレッテル貼りは、「国会議員は議院で行った演説・討論・表決について、院外で責任を問われないという特権(日本国憲法第51条)」の範囲外の発言であるとおっしゃられているようです。 一方、会合を終えた高橋氏は産経新聞の取材に「どの発言をもってレイシズム、ファシズムなのか分からない。 根拠もなく、びっくりする。 人権を守る人がこんなことを言ってはいけない」と反論。 石垣氏とは面識がないと述べ、「ツイッターは(国会議員の免責特権が認められない)院外の発信だ。 名誉毀損(きそん)だ」との見方も示した。 ただ、漠然と、「極右ファシスト」などの単語から、石垣のりこ議員は、安倍政権のことを言っているのではないかとは推測が可能です。 ファシズムとは 権力で労働者階級を押さえ、外国に対しては侵略政策をとる独裁制。 イタリアのファシスト党の活動から起こる。 (Google検索) レイシズムとは 人種主義(レイシズム)とは、ルース・ベネディクトによると「ある民族集団が先天的に劣っており、別の集団が先天的に優等であるように運命づけられている、と語るドグマ」のことである(Google検索) という意味のようです。 レイシズムやファシズムは憲法を否定するもの 石垣のりこ議員は次のようにも説明されています。 ファシズムもレイシズムも、憲法の根本原理である「個人の尊厳」を踏みにじる思考であると同時に暴力である。 基本的人権の尊重、国民主権、平和主義が憲法の三大原則の日本社会において、レイシズムやファシズムは憲法を否定するものであり、憲法遵守の立憲主義に立つ政治家として許容し得ない。 — 石垣のりこ norinotes 憲法では、思想の自由(表現の自由)が保障されているが、レイシズムやファシズムは、憲法の主目的「個人の尊厳」を否定する。 — 石垣のりこ norinotes しかし、問題は、「誰をそこに当てはめるか」では? しかし、問題は、そこではなく、「誰をそこに当てはめるか」の基準と根拠です。 石垣のりこ議員の主張には、明確な判断基準が見当たりません。 明確な根拠や基準もなく権力者である国会議員が、個人をそのように決めつけて排除することは、石垣のりこ議員が中世の魔女狩りのような思想の持ち主であると逆に批判をあびるかもしれません。 レイシズムやファシズムって、今まさにあなたがやってることやで? レイシズム(差別)って、偏見を言動に表す事。 人間は偏見から逃れられない存在だと、あなた自身が示してくれてる。 しかも自分こそが正義だと思う人が人の尊厳を踏みにじり弾圧するのがファシズムだと思うけど、あなたそのものやん — nanasa 77nanasa3 12月12日発売の高橋洋一さんの新刊。 こういう本のタイトルから、短絡的にレイシズムと決めつけているのでしょうか?

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レイシズムとは何か(2)──偏見からジェノサイドへ|梁英聖|note

レイシズム の 意味

日本共産党との共闘は極左ファシズムへ加担 立憲民主党の石垣のりこ参議院議員がSNS上で高橋洋一氏を「レイシズムとファシズムに加担するような人物」と批判し山本太郎氏が主催する勉強会を欠席したことが話題になっている。 馬淵澄夫さん山本太郎さん主催の消費税減税研究会。 初回の講師は、高橋洋一氏とのこと。 これから始まるという時に大変残念ですが、当初言明したように私は、レイシズムとファシズムには一切加担しません。 よって、レイシズムとファシズムに加担するような人物を講師に呼ぶ研究会には参加できません。 — 石垣のりこ norinotes レイシズム・ファシズムという用語が一般にどこまで流通しているかどうかわからないが、かなり強い程度の批判であることは間違いない。 石垣氏ツイッター、高橋氏著書『安倍政権「徹底査定」』より 石垣氏はその他にも「極右ファシストが反緊縮やレイシズムと同居していたのが、20世紀の負の歴史の特徴でしょう。 」と色々、自説を述べている。 そもそも論として高橋氏が石垣氏の主張するような言動があったようには記憶していないし、根拠も示されていないようだが、妥当性があるのかを述べてみよう。 ファシズムが反緊縮であることは歴史上よくあることです。 むしろ、極右ファシストが反緊縮やレイシズムと同居していたのが、20世紀の負の歴史の特徴でしょう。 その反省にたち、反緊縮・消費税ゼロ、この道を歩むものは、ファシズムとレイシズムの影を強く意識し、闘わなければならないと思います。 — 石垣のりこ norinotes 石垣氏が意識するレイシズムにはナチスが含まれているようだがナチスのレイシズムは単なるレイシズムではない。 そもそも人種差別ははるか昔からあった。 ナチスの人種差別が際立っているのは特定人種の抹殺を目指したからである。 普通は職業・居住選択の自由を制限し経済的利益の獲得を目指すがナチスはそれを目指さなかった。 ユダヤ人を抹殺してもドイツ軍は強くならないし連合軍も弱体化しない。 客観的に見てもユダヤ人抹殺の合理性は全くない。 しかしナチスは抹殺を目指した。 そこはレイシズムではくくれない「何か」があり、その「何か」は反ユダヤ主義である。 日本には反ユダヤ主義に相当する思想はないからナチスを意識してレイシズムを語ることは生産的ではない。 彼女はレイシズムと共にファシズムも批判しているが、このファシズムという用語は意味が非常に広く、その定義を巡って混乱するのが常である。 あまりにも混乱するのでかつて東京大学名誉教授・伊藤隆氏は「『ファシズム』という用語が、学術上の用語としてはあまりにも無内容なもの」 (1)と指摘したほどであり、実際、歴史書でも日本人執筆者の場合「ファシズム」はあまり使用していないように思われる。 この観点から言えば石垣氏がやるべきことは民間人の講義を欠席することではなく立憲民主党と日本共産党との共闘を反対することである。 日本共産党との共闘は極左ファシズムへ加担に他ならない。 石垣氏とその支持者は「日本共産党は旧ソ連とは違う」と言うかもしれないが、彼女らが反発する極右団体の構成員も「自分達はナチスとは違う」と言っているではないか。 過激分子は常に「優しい顔」をしているものである。 独裁は「法を超えた」地点にある レイシズムだろうがファシズムだろうが単に主張するだけでは実現はしない。 そして思想の段階にとどまっているならば基本的に問題はない。 特にその思想が内心に留まっているならば全く問題ない。 「 内心の自由」は自由社会の中核である。 そして 思想の段階ならば相手を説得することが出来る。 石垣氏は何故、高橋洋一氏を説得しなかったのか。 「席を外す」など誰でも出来る、大したことではない。 本当に高橋氏が問題ある人物ならば彼を説得すべきではなかったか。 思想の段階で留まるということは平和的解決が可能ということである。 解決とは相手を規制することだけではない。 運動の段階でも「具体的な被害者」が生じない限り問題はない。 具体的な被害者が生じた場合、民法・刑法等に基づいて対処されるだけある。 これが今、話題になっているヘイトスピーチである。 ヘイトスピーチはあくまで規制の方法論の問題であり「在日コリアンへの批判はヘイトスピーチだが日本人は違う」とか「マイノリティは差別しては駄目だがマジョリティは良い」という次元の問題ではない。 あくまで「法の穴」を巡る問題に過ぎない。 運動が成功し体制の段階になっても日本国憲法は第14条で人種による差別を禁止しているから、特定の人種・国籍を根拠とした規制立法は制定出来ないし国会の立法権も 憲法的保障だから特定個人が立法権を独占することも出来ない。 定例の国政選挙も同じく憲法的保障であり、およそ日本で独裁者になることは不可能である。 もし 日本で本当に レイシズム・ファシズムを確立したいのならばそれはもう憲法を超えた存在になるしかない。 石垣氏とその周辺は憲法改正が実現するとレイシズム・ファシズムが確立するといいたいのかもしれないがこの次元になるともはや憲法の存在は無意味であり日本人が「法を超えた正義」を受容するか、否かの問題である。 あくまで 独裁は「法を超えた」地点にある。 今の日本人に「法を超えた正義」を受容する傾向はなくレイシズム・ファシズムの確立、特に後者はあり得ないと言える。 寛容な社会はレイシズム・ファシズム思想を否定しない 今回の騒動を受けて「寛容な社会を守るためにも不寛容を認めるべきではない」という指摘もあった。 しかし体制防衛論を議論する際に注意が必要なのは「守る」と言う用語である。 我々は「〇〇を守る」と簡単に使うが、この場合は守られる対象は我々より下位にいる。 守られる存在とは弱者である。 「寛容な社会を守るべきだ」と主張する者は寛容な社会より上位にいる。 言うなれば寛容な社会の「保護者」である。 だから「寛容な社会を守るために不寛容を認めるべきではない」という主張は暗黙に寛容な社会を超えた保護者の存在を認めている。 そして不寛容を拒否する手段として規制を認めるならば保護者は強力な規制権力となる。 この規制権力は警察とは限らない。 いわゆる「人権擁護機関」も含まれるし、むしろその可能性が高い。 寛容な社会を目指した結果、強力な人権擁護機関が幅を利かす社会になったら本末転倒であるし、その時点でもはや寛容な社会とは言えない。 だから寛容な社会を確立したいならばいかなる主義・主張も思想の段階で留まっているならば否定すべきではない。 寛容な社会とはレイシズム・ファシズム思想を否定しない社会である。 参考文献 (1)「昭和期の政治」 伊藤隆 1983年 山川出版社 5頁 高山 貴男(たかやま たかお)地方公務員.

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人種主義:レイシズム

レイシズム の 意味

(1)古代ギリシアのストア哲学のこと。 (2)ストア学派の影響によって生まれた一つの精神的態度。 ことに実践道徳において、喜悦や悲哀の感情を圧伏し、平静に無関心な態度で運命を甘受する人世観をいう。 「ストイック」ともいう。 ストア学派の古い人々の著作は早くから散逸したが、セネカ、、マルクス・アウレリウスの著作は広く愛読され、後代への影響は大きかった。 古代末期や中世においては、ストア学派のいろいろの学説、ことにその内的自由の倫理説はキリスト教倫理の形成、修道院生活の理想に影響を及ぼした。 16、7世紀はまたストア説の再興期であって、近代の思想文芸にも広い反響を生んでいる。 シェークスピアの『じゃじゃ馬馴 な らし』の一節、「只 ただ 、ねえ、旦那 だんな さま、その、美徳とか、道徳の修行とかいうことあ結構とは存じますが、どうか、ま、ストイックだの、丸太棒 ストツク だのには成りたくないものでございます」(第一幕、第一場、31行。 坪内逍遙 つぼうちしょうよう 訳)はその一端を示すもので、ストア学派の無感情を皮肉ったものである。 宇宙秩序に対する透徹した観照から,情念や思惑にかき乱されない〈不動心 アパテイアapatheia 〉を養い,厳しい克己心と義務感を身につけてこの世を正しく理性的に生きること,これをストア学派的生活と呼ぶが,この事情は英語のストイックstoic,ストイシズムstoicismなどの語に反映されている。 ゼノンの高邁(こうまい)な生き方は,,に受け継がれた。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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