麒麟 が くる の 意味。 好発進の大河『麒麟がくる』が面白い理由は“オマージュ”にあり

2020年の大河ドラマ タイトル麒麟がくるの意味は何?キャスト・ナイナイ岡村の役は?

麒麟 が くる の 意味

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」のタイトルの意味をまとめます。 主人公である明智光秀のたどる人生が、「麒麟(きりん)」の存在とリンクしていきます。 霊獣「麒麟」は、 王が仁のある政治(善き政治)を行う時に必ず頭上に現れるとされました。 このいわれが、ドラマタイトル「麒麟がくる」の由来です。 大雑把に言ってしまえば「麒麟がくる」の物語は、苦しく過酷な戦国の世を終わらせる「王」は誰なのか、そして戦いの末に人々の頭上に麒麟(平和)は現れるのか、その顛末を描いていくということです。 ドラマでは希望の象徴として、この麒麟のモチーフが繰り返し登場します。 ドラマは「麒麟の出現」を根底のテーマとし、歴戦の戦国武将たちの姿が描かれていきます。 特に、戦いに明け暮れた末に武士としての本分に悩むことになる主人公・明智光秀(長谷川博己)の視点を基軸にして、戦火に苦しむ庶民の姿なども描写。 知られざる光秀の前半生にスポットライトを当てながら、世紀の下剋上である 本能寺の変へと至る光秀の心情の変化や動機づけを描いていきます。 領地で善政を行ったことで知られる光秀の人生の軌跡が、果たして麒麟の出現、新時代の到来へと結実するのか。 あるいは「三日天下」で消え去った無駄死にの人生となってしまうのか…。 光秀の人生の再解釈が楽しみです。 画像はより転載。 パブリックドメイン。 以下、伝説の霊獣「麒麟」について、そして実在の動物「キリン」との関係などについてまとめます。 あけましておめでとうございます🎍 さてそれでは…2020年もやりますよ。 おほん。 「麒麟」です。 麒麟は、鳳凰・霊亀・応竜と共に「四霊」と称されています。 姿形は鹿に、顔は龍に似ており、牛のような尾と一本角を持ち、背丈は5mもあるとか。 こうした見た目とは裏腹に 麒麟の性格はとても穏やかで、足元にいる虫や植物を踏むことさえ嫌がるとのこと。 仁徳、思いやりをもった動物 「仁獣(じんじゅう)」として知られます。 前述のように王が仁のある政治を行う時には必ず麒麟が頭上に現れるとされ、中国神話の世界観の中では麒麟は 百獣の長、獣の中の王者という位置づけでもあるようです。 才能豊かな将来性のある少年を「麒麟児(キリンジ)」と呼ぶなど、全体として神聖かつポジティブなイメージを持たれている霊獣・麒麟。 大相撲力士・麒麟児や、ポップ音楽ユニット「キリンジ」、漫画「キリンジ」などにもその名が用いられていますね。 また、キリンビールのシンボルである 「聖獣麒麟」も、中国の霊獣「麒麟」がモチーフとなっています。 キリンビール誕生当時、西洋から輸入されるビールには狼や猫などの動物をモチーフにしたラベルが多かったことから、これに対抗して東洋の霊獣・麒麟を商標として掲げたのがこんにちのキリンビールの始まりだそう。 詳しくはを御覧ください。 キリングループでは、「麒麟がくる」のコラボ商品として「一番搾り」「キリンレモン」のオリジナルデザイン商品を地域限定(近畿2府4県および中部7県)で販売するとのこと。 キリンと麒麟の関係 最後に、気になる実在動物「キリン」と「麒麟」の関係性について。 両者は決して無関係ではありません。 首が長く、穏やかな草食動物として広く愛されている「キリン」は、この中国神話の麒麟が名前の由来となっています。 1419年、アフリカ東岸諸国から運ばれ献上された首の長い動物(キリン。 現地ソマリ語では「ゲリ」と呼ぶ)を明の第3代皇帝・永楽帝はいたく気に入ったそうで、伝説の聖獣「麒麟」に似ていたことなどから、この動物を「麒麟」として珍重したという説が伝わっています。 現在でも日本や韓国では一連の中国の故事を由来として、この首長草食動物を「キリン」と呼んでいます。 令和に麒麟は降臨する…? 令和という新しい時代を迎えた日本。 新しい時代への期待感とともに、随分と長く続いている社会の停滞感・閉塞感が日本人の気持ちを暗いものにさせています。 NHKとしては、苦しむ庶民に希望を与える「麒麟」をドラマのテーマとして採用し、それを明智光秀の人生と重ね合わせることで、苦しい時代を打破する気概や明るい未来への希望を描きたいのだと思われます。 関連記事 ・.

次の

『麒麟がくる』の意味は!?明智光秀の大河ドラマ2020年NHK|世知NOTE

麒麟 が くる の 意味

『麒麟がくる』の意味 明智光秀=麒麟 ????? 何のこと?と思った方の方が多いでしょう。 もちろん、上の画像の『きりん』ではありません(笑) 同じ麒麟でも、お笑い芸人の『麒麟』とも違います。 では、明智光秀の生涯に麒麟がどう関わってくるのかを考える前に、『麒麟』とは何なのか?を知っておきましょう! 麒麟(きりん)とは?意味は?動物? 麒麟とは意味がピンと来ない人のほうが多いでしょうが、日本人には以外になじみ深いキャラクターです。 例えば 、 日本の 総合飲料会社である 、 キリンホールディングス株式会社の ビールの ラベルに 使われて いる シンボルマークが 有名です。 麒麟とは、中国の神話に出てくる伝説上の生き物です。 性格はやさしく、殺生を嫌う霊獣とされています。 中国の周~漢の時代にまとめられた儒教の書物『礼記』では、仁のある政治を行う名君が誕生したとき、麒麟が現れるとされています。 『麒麟がくる』の意味と明智光秀との関係性は? 大河ドラマ 『 麒麟が くる 』 の 舞台は 戦国時代です。 1467年に 応仁の 乱が 起きて 以降 、 長く 戦乱が 続きました。 『 麒麟が くる 』 の 主人公である 明智光秀が 活躍した 時代は 、 応仁の 乱から 100年の 年月が 経って います。 100年もの 長い 間 、 一般の 民達は 戦に 巻き込まれ 、 飢えに 苦しんで いました。 早く 戦乱の 世が 終わって ほしい。 平和に 暮らせる 世を 作って くれる 、 名君は 現れない ものか。 民達の 願いは 切実な ものであったでしょう。 明智光秀は これまで 主君を 討った 裏切り者と され 、 歴史ドラマの 主役として スポットが 当たる ことは 少なかった 人物です。 しかし 明智光秀は 、 織田信長の 正室 ・ 濃姫の 従兄妹であり 、 織田信長が 天下統一を 目指す 姿を そばで 見る 立場に ありました。 戦国時代の 終盤 、 天下統一に 向けた 群像劇を 描く のに うってつけの 人物と 言えるでしょう。 明智光秀自身 、 たった 13日間では ありましたが 、 天下に 手が 届いた 存在でも ありました。 光秀が 統治した 地域では 、 百姓達に 慕われ 、 人徳の ある 人物だったとの 伝承が 残ります。 裏切り者の 汚名を 着て しまい 、 その 功績は 薄れて いますが 、 時代や 立場が 違えば 名君と なり えた 人だったかも しれません。 光秀を 主役と する 大河ドラマに 、 『 麒麟 』 という 言葉を 入れた 意味が ここに あると 思われます。 従来の ドラマの ように 脇役だったり 、 性格の 屈折した 悪役といった 描かれ方では ない 、 新しい 明智光秀像を 観させて くれる ものと 思います。 民が 渇望する 、 平和な 世の中は いつ やってくる のか。 戦乱の 世の 終結に 向け 、 どんな 人物がどんな 動きを して いく のか。 戦国武将達の 生き様 、 死に様を ドラマチックに 描いて くれる ものと 期待して います。 その 姿は 、 龍の 顔を 持ち 、 尾鱗を 持つ 鹿に 似た 胴体 、 牛の 尾と 馬の 蹄 、 角 、 五色の 背中の 毛…、麒麟を 傷つけたり 死骸に 出くわす ことは 不吉な ことと されて いました。 今回の 2020年の NHK大河ドラマでは 、 応仁の 乱の 後の 荒れ果てた 世の中を 改めて 、 民を 飢餓や 戦さの 苦悩から 救って くれる のは 誰な のか 、 という 意味合いから 戦国の 世に 現れる 救世主たる 人物の 事を 、 主人公である 明智光秀に 重ねて 表現して いる のもと 思われます。 若い 時期に 、 戦国の 梟雄と 呼ばれた 美濃の 斎藤道三を 主君に 仰ぎ 、 幾多の 戦場を 駆け抜け 、 その 教訓を 胸に 抱き 、 足利義明を 奉じて 、 やがては 天下人たる 織田信長の 最も 信頼を 得る 武将と なり 、 多くの 武将たちと 天下を 目指す 戦いに 身を 投じる 智の 武将 、 明智光秀。 「 麒麟が く る 」 では 、 謎に 包まれた 光秀の 前半生にも スポットを 当てて 、 その 生涯を 中心として 、 他の 戦国の 英雄たちとの 戦いや 協力 、 その 生きざまを 描き出します。 今のこの 時代 、 旧来の 価値観が 崩れて 、 新しい 道への 対応を 迫られて いる 多くの 人々に 向け 、 同じく 先が 見えなく なって いた 戦国時代の 混迷の 中を 、 命がけで 新しい 希望を 追いかけ 続けた 明智光秀と 数多くの 英雄たちの 志を 、 情熱的な アプローチで 描き出し 、 新しい 時代を 迎える 多くの 日本人に 、 その 生きざまを 伝える 一大抒情詩です。 「 麒麟が くる 」 は 、 最新の 学説からも 新しい 解釈が され 始めて いる 英雄たちの 実像を 、 旧来の 定説を 覆す 解釈で 描いて います。 根本的な 部分 、 恨みによって 本能寺の 変を 起こして 、 信長を 葬った 謀反の 武将という イメージを 覆し 、 勇猛に して 知性に 満ち あふれた 明智光秀を 伝説の 「 麒麟 」 に 準えて 新たな 一面を 描きだします。 歴史的に 証明された 史料が ほぼ 残存して いない 若き 頃の 明智光秀を 独自の 解釈で 描きます。 また 、 時代の 破壊者の イメージが 強い 主君 ・ 織田信長をも 、 近年の 研究で 再発見された 、 保守的な 側面や 、 父信秀から 確実に 受け継いだ 財務の 面や 、 領国経営の 才覚も 解き明かして いきます。

次の

『麒麟がくる』の意味には明智光秀と戦国時代に深い関係があった!

麒麟 が くる の 意味

「麒麟がくる」タイトルの意味を考えてみる 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の制作発表の際、企画意図にこんな文章が記載されてました。 王が仁のある政治を行う時に必ず現れるという聖なる獣、麒麟。 応仁の乱後の荒廃した世を立て直し、民を飢えや戦乱の苦しみから解放してくれるのは、誰なのか… そして、麒麟はいつ、来るのか? 若き頃、下剋上の代名詞・美濃の斎藤道三を主君として 勇猛果敢に戦場をかけぬけ、その教えを胸に、やがて織田信長の盟友となり、多くの群雄と天下をめぐって争う智将・明智光秀。 「麒麟がくる」では謎めいた光秀の前半生に光を当て、彼の生涯を中心に、戦国の英傑たちの運命の行く末を描きます。 引用元: 今回の大河ドラマは明智光秀が主役ですが、タイトルには光秀の名前が入ってません。 大河ドラマはすべての作品とは言いませんが、割と主役の名前または家名を入れる事が多いですよね(真田丸・おんな城主直虎・西郷どんetc)。 しかし今回に関しては「明智」も「光秀」も入っていませんし、明智家の家紋「桔梗」といった言葉も入っていません。 「天海」とか入ってたらネタバレ上等すぎてビビりますが(笑 なぜ敢えて光秀の名ではなく「麒麟がくる」というタイトルが付けられたのか?ここって意外と気になりますよね!やっぱりこのタイトルにはいろいろ意味が込められている気がしてなりません。 というわけでタイトルになっている「麒麟」と、企画意図で書かれている「仁のある政治」を調べた上で、まずは「麒麟がくる」というタイトルの意味を考えてみたいと思います。 麒麟とは? というわけでまずは「麒麟」について調べてみました。 麒麟というのは動物園にいるキリンじゃなく、中国神話に登場する霊獣のことですね。 麒麟はこの世の動物たちの長と考えられていて、鳳凰、霊亀、応竜と共に「四霊」とも称されます。 麒麟は竜のような顔に1本の角(2本角や3本角で描かれる場合も)、鱗に覆われた鹿のような身体、牛の尾、馬の蹄を持ち、毛は黄色で背毛は5色。 背丈は5mほどもあり、1000年以上を生きると言われています。 また普段の性格は穏やかで、虫や植物すら踏むことを恐れるとも言われます。 ただ、良い行いをする人に優しい反面、悪人には敵意を剥き出しにする側面もあるみたいですね。 ちなみに霊獣は「瑞獣(ずいじゅう)」とも呼ばれ、瑞兆・・・要するに何かめでたい事に合わせて現れるとされていて、麒麟は 「仁の心を持つ君主が生まれたとき」「王が仁のある政治を行うとき」に現れる瑞獣です。 「麒麟がくる」では「王が仁のある政治を行う時に必ず現れる」と書かれてますが、そういう政治を行う王が生まれた時にも姿を現すわけですね。 例えば論語などで知られる孔子が生まれたとき、そして亡くなる前には麒麟が現れたって話があります。 この 「仁の心を持つ君主が生まれたとき」にも麒麟が現れるという言い伝えから、幼い頃から才能に優れ、将来有望な子のことを「麒麟児」と言いますね。 「仁のある政治」とは? というわけで「王が仁のある政治を行う」時に麒麟は現れるわけですが、じゃあ「仁のある政治」って何?という話ですね。 「仁のある政治=仁政」というのは「民衆に恵み深い、思いやりのある政治」を指す言葉です。 そして「仁」はざっくりと言えば「人を思いやる気持ち」であったり「誠実であること」とかでしょうか。 生涯を通して学び続ける「人としての正しい生き方」と言い換えても良いかもしれません。 孔子は「仁」をその教えの根本に置いていて、論語の中でも何度も「仁」についての話が出てきます。 例えば以下のような言葉で、孔子は「仁」を説いています。 仁政を行う王が現れるという意味• 天下泰平の世の中がくるという意味• 麒麟児としての光秀がくるという意味 実は他にも 「多くの英傑が『麒麟が現れるような世界』を願い、戦うから」なんて意味もあるのかな?と思ったんですが、これはなさそうですよね。 そういう理想を掲げて戦ってた武将はそんなにいなかったような気がします。 これだと話を美化しすぎな気もするし(笑 一番はやっぱり応仁の乱以降の戦国時代を終わらせ、仁政を行う王が現れるという意味で考える方が自然ですよね。 ただそれに加え、斎藤道三にも抜擢される有能さを持った「麒麟児」としての光秀の登場、という意味を含んでいるでは?と思います。 そして乱れた世を立て直し、仁政を行う王は誰なのか?というと・・・ これはやっぱり織田信長、ですよね。 仁政を行う王は織田信長。 しかし・・・ 「麒麟がくる」における・・・というか光秀にとっての「仁政を行う王」は織田信長を指している可能性が高いように思います。 少なくともその片鱗を信長の中に見たたため、光秀は信長に仕えるようになるんじゃないでしょうか。 「麒麟がくる」の登場人物には麒麟の存在を信じている「駒」という娘が登場します。 光秀はどこかのタイミングで駒と出会い、「王が仁のある政治を行う時に現れる」麒麟の存在を知る。 それ以降、そんな王にこそ仕え、この乱れた世の中を終わりにしたい・・・と強く願うようになった。 かつて仕えた斎藤道三は実の息子に討たれるという非業の最期を遂げ、明智家一族も離散してしまう。 そんな経験をした光秀だからこそ、仁政を行う王の現れることを強く願っても不思議じゃありません。 ちなみに織田信長が「仁のある政治」を行うイメージはあんまり無いような気がしますよね!どっちかと言えば気が短くて怖い、大げさに言えば「魔王」的なイメージを持ってる人も多いんじゃないでしょうか(笑 しかし信長って上洛した際に「絶対に略奪とかするなよ!?したら切るぞ!」と自軍に厳命して治安維持に勤めたり、秀吉夫婦の痴話喧嘩を仲裁したり、裏切った人間でも謝れば許したりと意外と優しい側面を持ってます。 宣教師ルイス・フロイスも「自分への侮辱は許さず、罰しなければ気が済まなかった」といったことも言いながら「身分の低い家臣とも親しく話した」とか「いくつかの事では人情味と慈愛を示した」と評価してるんですよね。 信長公記にも乞食を助ける逸話が残っていたりと、優しさを感じさせるエピソードも数多く残っています。 なのでそういう所を光秀も目にして、この人ならこの戦国の世を終わらせ、仁のある政治をしてくれる違いない!と思ったのでしょう。 しかし、権力が大きくなっていく中でだんだん信長は変わっていってしまう。 仕えはじめた頃と変わってしまった信長を見て、この方では戦国の世を終わらせることは出来ない。 麒麟が現れるような平和な時代は訪れず、ずっとこんな世の中が続いてしまう・・・ 「麒麟が現れる世界」を強く願った光秀はそんな信長の姿に葛藤することになるのではないでしょうか。 本能寺の変を起こした理由はどの説が採用されるのか? そんな葛藤を抱える光秀が本能寺の変を起こすに至った最大の理由が何になるか?ここもやっぱり気になりますよね。 あ、ちなみにあくまで最大の要因がこれ、という予想で他の要因も色々絡んだ挙げ句、という感じのイメージです。 「麒麟がくる」は従来のイメージを覆すキャラクター像を描くと言われてます。 となれば「勇猛果敢で理知的な天才」として描かれる光秀が、定番となって使い古されてる「怨恨説」「黒幕説」「野望説」で本能寺の変を起こすとは思えません。 その上で、タイトルとなっている「麒麟がくる」に意味があるとすれば、やっぱり光秀は「麒麟が現れる世界」を強く強く願ったがために本能寺の変を起こすのではないでしょうか。 史実を見れば、織田信長は「麒麟が現れる世界」を作ることはできませんでした。 仮に本能寺の変が起きてなかったとしても、日本統一後にあるいは海外に攻め込んでいたのでは?なんて説もありますし、そういう世界は作らなかった可能性もあります。 実際に「麒麟が現れる世界」を作ったのは徳川家康ということになりますよね。 つまり、光秀は家康のために本能寺の変を起こすのではないでしょうか。 色々と葛藤はあったけど、信長が 「本能寺に家康をおびき出すからお前が討て」と命令を下したのが決定打となり、その計画を逆手に取り、信長を本能寺で討つことを決意した。 そんな命令を下す信長に「仁」があるとは到底思えず、これでは「麒麟が現れる世界」は訪れない。 しかし家康ならそういう世界を作れるかもしれない。 だからこそ、今ここで家康を討たせるわけにはいかない・・・ 個人的な恨みではなく、誰かにそそのかされたわけでもなく、光秀自身が目指した世の中のために悩み・苦しみ、その果てに導き出した結論が「信長を討つこと」になるのではないでしょうか。 とまあ個人的には妄想しちゃってるわけですが、実際には時代考証で参加している小和田哲男氏の「暴君非道阻止説」が採用される可能性がベタに高いのかなーと思ってます(笑 色々目に余る行動をするようになった信長を討伐したって説ですね。 本能寺で起こる「獲麟」 ちなみに麒麟に関連して、「獲麟」という話があります。 獲麟(かくりん)とは、中国の歴史書である『春秋』の最後に書かれた出来事で、後世には転じて「物事(あるいは人生)の終わり」の意味で用いられるようになった言葉。 引用元: この「獲麟」が本能寺で描かれるんじゃないかな?というのもちょっと予想・・・というか期待してます。 本能寺の変の際、信長の遺体が見つからなかった話はよく知られてますよね。 信長を討った確証を得るため、やはり信長の首は不可欠でした。 なので光秀は秀満たちに首を探させます。 しかしどうしても見つからない・・・ 焦る光秀でしたが、そんな時「奇妙な生き物を捕らえました」という報告を受けます。 見に行ってみたらそれがまさかの麒麟だった・・・みたいなね。 こんなタイミングで現れるはずのない麒麟が現れたことで、光秀は自身の終わりを悟りながら、山崎の戦いへ臨む事になる・・・ なんて展開もあるんじゃないかなーと妄想してます。 完全に妄想ですけど(笑 光秀は天海となって生き残るか? 明智光秀と言えば「山崎の戦い」を生き延びで天海となったという説がありますね。 今回の大河ドラマは光秀が主人公になるので、もしかして天海になる展開もあるか?と期待しちゃいますが・・・ まあ、流石にそれはないんじゃないかなと思います(笑 生きのびて天海になったとすると話が江戸時代まで行っちゃいますし、ハッキリ言って話が長すぎます。 いくら大河ドラマが1年間放送すると言っても、そこまで描くのは尺が足りないでしょう。 というかその結果として「明智光秀」としての物語が端折られてしまったらそれこそ意味がありません。 それよりは明智光秀の成長や葛藤、戦いをしっかり描いてほしいですしね。 それにタイトルが「麒麟がくる」なので、結局光秀は「麒麟が現れる世界」を強く願いながら、見ることなく亡くなるんだと思います。 タイトルが「麒麟がきた」だったら展開も違いそうですけど(笑 なので天海=光秀展開は見てみたいとは思いますが、なさそうだしやってほしくない!というのが本音です。 まとめ というわけで「麒麟がくる」のタイトルの意味と、そこから予想される物語の結末を予想してみました。

次の