老い の ときめき。 いかによく活きるか、いかによく老いるか、いかによく死ぬか

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老い の ときめき

When I saw her first time, my heart skipped beating. 初めて彼女を見た時、鼓動が止まるくらいときめいてしまった。 なんて感じで使えます。 直訳してしまうと、「鼓動が止まった」といった意味になりますが、「My heart skips a beat」で「ドキッとした」といったフレーズになりますよ。 ときめきが伝わる「My heart flutters」 私が「ときめき」を伝えるのに一番好きな表現が、この「My heart flutters」というフレーズ。 「Flutter」には「羽ばたく」とか「ひらひらと飛ぶ」なんて意味があるのですが、「My heart flutters」と言う事で、心が躍るようなときめきを表せます。 予算オーバーだったけど、このスカートにときめいて買っちゃった。 なんて感じで使えます。 この表現は恋愛の中で使われると思われがちですが、日常生活の中でも「I fell in love with this one piece dress」「このワンピース気に入っちゃった。 」とか、「I fell in love with this cup」「このコップにときめいちゃった。 」なんて感じで、モノに対しても使われることがありますよ。 まとめ というわけで、ときめきを表現する6つのフレーズは・・• 心臓がバクバクしている感じを表すなら、「My heart is racing」• ドキドキ感が伝わる「My heart skips a beat」• ときめきが伝わる「My heart flutters」• 「Heartthrob」でときめきを伝えよう• ビビッと来た感情を表すなら「I felt spark」• 恋に落ちた気持ちを表現するなら「I fell in love」 このように、ときめきを表す表現には「Heart」「こころ」を使ったフレーズが多いですよね。 どれも「Heart」という単語を使う事で、ドキドキ感や心が弾む感情を表すものとなっています。 その時のときめき具合や気分によって、いろんなフレーズを使ってみてくださいね。 ぶっちゃけ英語は、学習法しだいで 習得速度が3倍,4倍,5倍・・になることとか 当たり前に起こります。 日常茶飯事です。 その具体的な方法を 今回1つのレポートにまとめてみたので、 英語学習中の人はぜひ読んでみてください。 どうやら読んだ方からの評判はいいようです。 こんにちは、REOと申します。 僕は大学時代に独学で英語を勉強し、 今はその英語を使って 世界中を自由に旅しながら生きています。 このブログでは、 英語の勉強法に関する情報や 海外で自由に生きる方法などを 中心にシェアしています。 というのも、僕自身、 せっかく英語を勉強したのだから それを生かして人生でやりたいことは 山のようにありました。 が、 現実に社会を目の前にした時、 時間、お金、仕事などの問題によって ほとんどの行動を制限されてしまうことに 半端ない モヤモヤを抱えました。 だからこそこのブログの目指す先は、 「英語を使ってどう人生を豊かにするか」 という部分にあります。 僕がどういった人物か?ということや 英語学習に対する思いなど、 より詳しく知りたいという方は、 こちらのレポートを読んでみてください。

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[B!] 新・老いのときめき2012

老い の ときめき

40代の恋と老い。 40代でときめきを得たいと思うのは、罪ですか? せめて45歳くらいまで、想っている人に尽くしたいと思うのですが。 夫との、老後が見えないというか私は夫に気持ちをストレートに出してきましたが、ことごとく拒否されました。 なぜかわかりません。 言葉の暴力もたくさんあります。 その矢先におととし、秋、23年ぶりで昔の彼に偶然会いました。 深い関係ではありませんが、久々に彼と手をつないだときのぬくもりを、忘れることができません。 そうして、前質問などのことがあり、私は何だかこれからの自分に自信がなく。 このまま老いていく のも悲しく思います。 ご夫婦が円満な方たちを見るとうらやましいような、複雑な気持ちになるのです。 主人は子供達にはとても優しい。 それを満足と考えなければならないのでしょうか? 恋をする気持ちというのは、とても美しいと思います。 貴女は今、これまでにはない深く熱い想いを持って生きている、それはある意味、本当に生きているということへの実感なのではないですか。 人生は長いようでそれほど長くはありませんね。 恋する人へ想いを持つ、いいんじゃないでしょうか。 けれども、ただ想いを寄せる事と、一歩足を踏み出す事には雲泥の差がありますよ。 また、逢いたいと思う事を我慢するのと、ご主人やご家庭に満足するということは、同じ次元で考えられるはずです。 恋は貞淑な主婦でも可能な事だと思います。 それよりも、相手の男性について貴女はどれだけの事を知っているのでしょうか? もう一つの質問を読ませていただきましたが、貴女が苦心して作ったお金の意味を彼はわかっているのでしょうか? 人が恋をする事は誰にも止められないと思います。 家庭に満足をするか否か、これだって自由です。 でもね、貴女は20年近く、今の家庭を守り育ててきたわけですよね? 確かに貴女の守り育ててきた木は、大して実もつけない木かもしれません。 けれどもそこには重みがあると思うんです。 貴女がコツコツと貯めた5万円のように、そこにはちゃんと意味があるのですよ。 彼の事が好きなのはわかります。 でも、貴女が長く育んでこられたものを捨ててまでして奪い取る価値がある人なのでしょうか? 私も昔、数千万円の借金を作ってしまいました。 今では完済して普通の生活が出来ていますが、当時、どんなに苦しくても友人にお金を借りようなどと言い出すことは出来ませんでした。 まして、昔の彼女になんて・・。 ごめんなさい。 貴女の恋はあまり相手が良くないように思えます。 浮ついて相手の本当の姿が見えないのなら、それこそ浮気であって、冒頭に書いた美しい気持ちではなくなっちゃうと思うんですよ・・。 私も40代前半です。 よってあなたの悩みはよ~~~~~くわかります。 言葉の暴力はキツイですね。 私は今付き合ってる人がいます。 お互い家庭があるので相手の家庭を壊すようなことはしませんが 本当に楽しいです。 彼との楽しい時間があるから夫ともうまくやっていけるような感じですし 彼のほうもそうかもしれません。 私の場合、踏み込めずにいたらかえって毎日ケンカが絶えず家の中も暗かったと思います。 子供のことやその他の事情を考えると簡単に離婚はできませんから毎日が苦痛だったでしょう。 不倫をしなさいとは言いませんが、やり方次第ですべてをなくす、なんてことはありませんから。 たった一度の人生です。 思うように生きてみてもいいんじゃないかな。。。 老いが気になる。。。 私も40代前半の女です。 旦那からは、女として見放されています。 旦那は、そんなことはない、大事に思っている、と口では言いますが、 私にはそうは思えないのです。 露骨に拒絶もされています。 おそらく、旦那も自分の老いを感じて、妻にも感じて、ラブラブ気分なんて どうしても考えられないんだと(勝手に)思います。 ほかの人にときめきを感じる気持ち、大切にしてください。 のめりこまず、たまにメールする程度で、気分的にリフレッシュするくらいなら どうぞどうぞ、って思いますよ。 (前質問、拝見してないのですみません) よその夫婦は、あまり気にしない方がいいですよ。 円満そうに見えるだけで、仮面夫婦かもしれません。 うちもそう。。。 いいアドバイスできませんが、あなたと同じ思いの人、結構いると思います。 私は死ぬまで、ときめきはなくしたくない。。。 旦那にいつまでもアピールしたいと思います。 言葉の暴力が多く、冷え切っているのなら寂しいだろうなぁ、と思います。 熟年離婚の原因も「普段の会話がない」とか、日常生活の小さな不満の積み重ねみたいですし。 でも、熟年離婚が増加していて大抵の旦那様にとってはそれは青天のへきれきだということを考えると、奥さんは不満でも、普通だと感じてる男性は多いとも言えますよね。 ちなみに、ときめきは年齢とともに感じなくなってくるそうですよ。 ちょっと前に流行った「負け犬」の女性達が結婚できない理由の一つに、 「理想が高い」が挙げられますが、年をとると理想が高くなるのは身体が恋に反応しなくなるからだそうです。 思春期の頃は異性と目が会っただけで心臓バクバク、顔が真っ赤になりますが、今はそんなことありませんよね? 身体が反応しなくなる分、「高収入」「ルックス」「性格」など条件を出して、「この条件を満たしているから私は好き」と頭で反応するようになるそうです。 質問者さんもそんなことはありませんか? 「旦那がこういうことを言ってくれたらときめく」「こういうことをしてくれたらときめく」と、条件を出してしまっているのかもしれません。 40代で独身、新しい出会いがあって付き合い始めでも、ときめきはなかなかないようですよ。 経済状況とか、現実的なことに目が行ってしまうことが多いようです。 冷たくされているのなら話は別ですが、ときめきをもとめているだけなら、旦那様には理解されなくても仕方がないかもしれません。

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40代の恋と老い。

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「ゲイとしての老後」のロールモデルが見当たらない 編集部からの依頼で、「性的マイノリティと老後」というテーマで寄稿することになったが、このテーマに読者はなにをイメージされるだろうか。 このシノドスでも性的マイノリティにかんして、性や人権の教育、いじめ問題、生きづらさ問題、あるいは同性婚……といったテーマはよく紹介される。 だが、「性的マイノリティと老後」には、どんなイメージが浮かぶだろうか。 そもそも性的マイノリティのなかには若者だけでなく、中年もいれば高齢者もいることは、読者に認識されているだろうか(当たり前の話だが)。 私は1966年生まれ、今夏で49歳を迎えるゲイだ。 80年代中期に上京、はじめて買ったゲイ雑誌の情報をもとにゲイサークルなどのコミュニティ活動に参加した。 折から90年代の「ゲイブーム」。 一般メディアに突然ゲイ情報があふれ、そのあおりを受けてゲイ当事者の活動が活気づいた。 サークルで、バーで、クラブで、「こんなに仲間がいる」「いまのままの自分でいいんだ」「一生をゲイとして生きていきたい」と自分を受け入れた、私もそんなゲイの一人だ。 それから25年がたった。 当時の若者も25歳、年をとって、いまやリッパな中年だ。 若いときは「いまのままの自分でいい」だったが、40歳も超えると「いまのままの自分じゃダメ」とばかりに、加齢の現実は否応なく身に迫る。 仕事はますます忙しい。 保険や不動産、貯蓄など財産的なことも考えなければならない。 身体的・メンタル的な発病、はては早逝することもある。 親の介護もあったりする。 「ゲイとしての一生、老後」とは言ったものの、それらを一人で、あるいは法律的には認められていない同性のパートナーと、どう超えていけばいいのか……。 50歳か60歳ぐらいから先の人生が、見えないのである。 そこで上の世代はどうしたのだろうかと目を転じると、上世代はまだ社会の差別意識が根強く、異性と結婚するのがあたりまえだった。 彼らは家庭をもって異性愛者のライフスタイルを送っており、「ゲイとしての老後」のロールモデルとはなりにくいのだ。 生きる意味の欠落と「ゲイの病い」 ロールモデルの不在は、たんに老後不安を招来するだけではない。 同世代の異性愛者に目を転じれば、彼らの多くが結婚・出産・子育てのなかで社会の再生産に寄与し、いわば「人生の春夏秋冬」を感じ、自分なりの「生きる意味」を噛み締めている。 その一方で、ゲイは「自分は人生をなにで埋めるのか?」「自分にとっての春夏秋冬は?」という、実存的ともいえる問いを抱くこともある。 いま、試みにツイッターなどで「ゲイ 老後」で検索してみれば、つぎのような類いのコトバが拾えるだろう。 「自分の50代の姿が想像つかない」「きれいなうちに死んでしまいたい」 「ゲイが刹那的な快楽を求めてしまうのは、将来に希望をもてないからだと思う」 「ゲイであることは変えられないし男が好きだけど、結婚したいし子どももほしい。 社会的体裁も老後の不安もある。 家族もいなくて、一人で、誰が面倒みてくれる? 考え出したら止まらない。 本当に自分の人生はこれでよかったのか」…… これらはみな、20代の若いゲイたちの言葉だ。 ロールモデルの不在は若い世代の生きる気力をも殺いでいるのだ。 ゲイコミュニティの一部には、こうした不安に堪えきれず、性急に人生を埋める答えを探すかのように、薬物、飲酒、恋愛、セックス、仕事などへ過剰に耽溺する仲間もある。 「Sex and the City」まがいの一見、華やかなゲイの姿は、ジェットコースターのように上下しながら生き急ぐ、もう一人の私の姿に思われる。 そしてそれは、うつ、HIV、自死など「ゲイの病い」の現実にもつながっているのだ。 「何のために生きているのか」に答えうる生身で等身大の人生(老後)イメージの欠落と、そこから来る存在不安。 これがゲイの老後問題の本質ではないかと私は考えている。 ゲイにもライフプランニングがあった! こうした現実にどう立ち向かうのか? ゲイコミュニティで「老後」が話題になりはじめたのは、90年代の若者の先端部分が40代に差しかかり始めた2000年ごろからだった。 その当時も、パレード、欧米のニュースや同性婚、オープンリー政治家、ウン兆円のLGBT市場、企業が協賛……などのキラキラした話題がゲイメディアにあがり、それが私たちの老後の不安を払拭し、希望を託するものとして耳目を集めることもあった。 だが、これは私個人の感想だが、1日の祝祭はそのあとの364日を支えられるのか。 生を終えるまでの10年、20年、それ以上のスパンを支えられるのか。 企業頼み・市場優先には新自由主義の現実もあるのではないか。 「進んだ」海外ではなく、日本で生きる日常の視点を欠いた話題は虚しく聞こえたし、すでに中年にさしかかろうとしていた私には、キラキラし続けるには実際、体力を欠いていた。 コミュニティには社会の異性愛中心主義を手厳しく批判する論客もいたが、舌鋒鋭い批判がかならずしも社会の変化に繋がっていかないことも、中年になるまでに少なからず見てきていた。 私は、同性婚はおろか人権擁護法制さえないこの国の現実で生きのびるため、暮らしやお金、老後などにかんして具体的な生活の場面を一つひとつ洗い出し、自分はそのときどうなるのか、回避できる方策やよりよくやる方法はあるのかを考えてみることにした。 〈ゼニ・カネ・老後〉の現実のまえには、メディアに美化された「ゲイライフ」も、嫌でもリアルで等身大の姿をさらさざるを得なかった。 社会へ出たあと編集者やライターとして仕事をしていた私は、いつしか「ゲイの老後」を自身のテーマとしていた。 小さな季刊誌の発行(『にじ』、2002〜04)やゲイ雑誌・一般誌紙への寄稿、そして現状の制度のなかで法に規定のない同性カップルがどこまで、なにができるかを調べあげた『』(2009、緑風出版)を上梓した。 その後、あらためてフィナンシャルプランニング技能士(FP)の勉強をし、お金や保険、不動産、社会制度に関する知識を体系的に学んでみると、私たちの暮らしや老後にとって「世の中はそうなっていたのか!」「これは使える!」と思える知識がいろいろあった。 同時に、「テキストは「標準家族」を例にしているが、これがシングルや、法律に規定のない同性パートナーとの暮らしだったらどうなる?」「ゲイに多いHIVやうつの人はどうすればいい?」「マイノリティに対して職場の理解がともなわず、離職が多く非正規や低所得の人は?」という疑問もつぎつぎ沸いた。 それで、2010年からは執筆ではなく、「同性愛者のためライフプランニング研究会(LP研)」を立ち上げ、新宿二丁目ので語ってみることにした。 ライターとして、自分なりのライフプランニング研究を、著作や記事のかたちで発信してきた。 2chopo. 老後とか暮らしとか、いずれも地味なテーマだ。 テーブルを囲んで5、6人の車座勉強会を想定して当日の蓋を開けたら、第1回は押すな押すなで50人ほどが詰めかけた。 「同性愛者のライフプラン」「老後情報」へのニーズがこれほどまでにあったのだ。 その後もテーマによりけりだが、月例会には30人から40人前後の参加があった。 親の介護や生命保険、不動産はとくに参加者が多かったテーマだった。 LP研の内容は、『』(2012、太郎次郎社エディタス)にまとめた。 【次ページにつづく】.

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