のび太の魔界大冒険。 映画ドラえもん のび太の魔界大冒険 感想と考察

映画「ドラえもんのび太の魔界大冒険 」ネタバレあらすじと結末・感想|起承転結でわかりやすく解説!

のび太の魔界大冒険

数日前に映画『の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』を再び観に行ってきた。 前回は10人で鑑賞したが、今回は2人だった。 なぜか2回めのほうがうるっと涙ぐんでしまう頻度が高かった。 元気を得た美夜子さんがの頬に手を触れると、その頬に猫の手の跡が残るのが素敵。 ・を洞穴にかくまった猫の姿の美夜子さんが一人で洞穴から飛び出していくまでの場面。 ここが一番泣ける。 ・メジューサの最期から大魔王デマオンの心臓へ到達するまでの場面。 以下、1回め・2回めを問わない、ネタバレありの感想を書いていきます。 魔法世界と現実世界の満月博士を差異化するため、魔法世界の満月博士は「満月牧師」に改められた。 現実世界では科学者だった満月博士が、魔法世界では宗教者(魔法学の研究者)になるのである。 ただ、「二つの世界がシンクロしている」ということを十分に伝えるための描写が不足していて、普通に映画を観ているだけではこの設定がすんなりと頭に入ってきにくかった。 まあ、シンクロしていることは映画を最後まで観ていれば追い追い分かってくるのだが、その設定がいまいち物語のなかでうまく噛み砕かれていない印象を受けた。 とくに、旧作では後半にしか登場しないメジューサの出番が著しく増して、ただの悪人ではない立体的なキャターに変貌した。 魔界歴程を探しに行くエピソードが新たに加わったことで、メジューサが活躍する機会が充分に確保されたとともに、魔界歴程の存在感も高まった。 人間の姿の美夜子さんと、美夜子さんが変身したと思われるネズミが同時に登場したときは、「あれ? いったいどうなってるんだ?」と、その謎に引き込まれた。 そんなこともあって、旧作を知っている身でも「この先いったいどんな展開になるんだ!? 」と、初めて観る映画のような新鮮な興味を抱きながら物語を追うことができた。 地球の月と魔界星の月… 『新魔界』では旧作以上に「月」という天体が重要な意味を担った。 ビジュアル的にも月が美しく印象的に描かれていた。 そして、魔界歴程の記述内容と月が深い関係性を帯び、そうしたところでも魔界歴程の重要性が一段と増していた。 このあたりの、魔界歴程をめぐる新設定・新エピソードはなかなか秀逸だったと思う。 しかし、魔界歴程を探しにいくエピソードに時間を使ったためか、後半の魔界星での冒険エピソードが端折られてしまって寂しかった。 旧作の時代より格段に進歩したアニメーション技術で、魔界星の景色や生物たちをもっと見てみたかった。 しずかちゃんと交わした「髪を伸ばす」云々のやりとりは、女性監督ならではの感性だろうか。 も女性だったため、美夜子さんやしずかちゃん、ドラミちゃんといった女の子キャラが皆とてもかわいらしく描かれていたのが印象的だ。 猫の姿の美夜子さんなんてファンシーショップで売っているぬいぐるみみたいなかわいらしさで、顔と体の大きさのバランスが絶妙だった。 シャワーを浴びたあとの髪を下ろしたしずかちゃんも新鮮でかわいらしかった(髪を下ろしたしずかちゃんはテレビの「」でも描かれている)。 しずかちゃんのシャワーシーンは、さんが書いた脚本にはちゃんとあったのだが、本編では削られてしまって、真保さんも驚いたという。 この場面は、作品の背景にある・世界観を提示し、歴史の道筋によっては魔法文明の世の中もありえたかもしれないということを印象付けることで、その後描かれる魔法世界にもっともらしいリアリティと奥行きを与える役割を担っている。 そんな重要な場面が、さらっと薄められてしまったのはまことに残念だ。 完全に削られなかっただけでもよしとすべきかもしれないが、やはりこの映画の世界観に真実味を与えるため丁寧に描写すべき場面だったと思う。 『新魔界』ではこの唐突さを解消すべく、前半できちんと伏線を張っていた。 この伏線が終盤で回収されていくくだりは、物語をパズルのように構成するのが得意なミステリー作家・さんの真骨頂だろう。 冒頭、宇宙で永久に倍増し続けるくりまんじゅうが映し出されたところでまず目を引かれた。 が宇宙へ送り出したくりまんじゅうは、今も順調?に倍増し続けているようだ(笑) 友人から、現代物理学の知見で「」のその後を考察したサイトを教えてもらったので、ここで紹介しておく。 ほとんどにしか見えない「マミ」の登場シーンは結構な見どころだった。 マミのお伴のペットがコンポコならぬトンポコという豚もどきの動物だったのが可笑しかった。 マミの登場は、脚本のさんの完全な趣味だそうであるw 魔美をそのまま出せないので、こういうかたちで登場させたようだ。 &のフィギュアは現実に発売されてほしいとすら思った。 魔法世界ができて最初に迎えた朝、窓から外を眺めるとに衝突しそうになる空飛ぶじゅうたんがあるが、あれに乗っているのは『』の担当編集者だったようだ。 その編集者が登場する寸前には『』の作者・先生がほうきにまたがって空を飛んでいたw 仕事場から逃げ出したフニャコ先生を追っていた編集者が、じゅうたんの運転を誤って家に衝突しそうになった、という設定だろうか。 「ズコッ!」というずっこけ方は、アニメ『忍者』を意識したものだろう。 藤子Aアニメからネタを持ってきてくれたところが心憎い。 そんな描写から『』とのつながりをちょっとばかり感じた。 藤子F先生は実際にこの玩具を買って遊んでいたらしく、『』に出てきたクローニングエッグというのアにも使われている。 友人との話のなかで『』とのつながりにさらに気付いたので挙げておく。 koikesan.

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「ドラえもん のび太の魔界大冒険」魔法と22世紀の科学の対決!ネタバレ感想

のび太の魔界大冒険

相変わらず野球でドジを踏みジャイアンにいじめられたのび太は、この世が魔法世界だったらいいのにと現実逃避を始めます。 帰宅後、家の片付けで古い絨毯を運んでいるドラえもんと一緒に着いて行くと、ゴミ捨て場でなんとドラえもんの形をした石像を発見します。 誰が作ったんだと怒るドラえもんですが、とりあえず二人で持って帰ることに。 その後のび太が裏山の頂上で寝転んでいると、今度はのび太の形をした石像が何故かホウキと共に木から落ちてきます。 二人は困惑しながらも、とりあえずそれらを庭に置いておくことに。 その夜、二人はもしもボックスでこの世界を魔法世界に変えることを思い付きます。 早速実行してみるものの、特に何の変化もなく、二人ともちっとも魔法を使えるようにもならず、諦めて寝てしまう二人。 次の日ドラえもんが庭に行くと、どういうわけか石像はなくなっています。 不思議に思いながら、ふと上を見たドラえもん。 そこにはホウキや絨毯で飛んでいく人々の姿が。 世界はちゃんと魔法世界に変わっていたのです。 喜ぶのび太でしたが、この世界は現実世界を色濃く反映しており、「絨毯は高いから買えないし、パパは運転免許も持っていない」とママが言ったり、普通の教科が魔法の授業に変わっただけで相変わらずのび太はクラスで落ちこぼれだったり。 自分だけ全く魔法が使えないことを悔しがるのび太は、せめて簡単な魔法だけでも使えるようになりたいと特訓を始めます。 そんな折しずかがホウキング(サイクリングのホウキ版)に行こうと誘ってきます。 ホウキが操れないのび太はしずかの後ろに乗せてもらいます。 この世界では科学の方が迷信と捉えられており、しずかは科学の結晶であるドラえもんのタケコプターを見て不思議そうな顔をします。 山のほうに着くと、同じくホウキングに来ていたジャイアンとスネ夫が奇妙なサルを追い掛けています。 しかしサルが光線で攻撃してきて、二人は気絶してしまいます。 助けに来るドラえもん達。 偶然この世界で有名な満月博士の家を見付け、助けを求めて訪ねていきます。 満月博士と一人娘美夜子は皆を迎え入れてくれ、二人を手当てしてくれます。 博士は自らが提唱する魔界接近説について話しますが、俄かには信じられないドラえもん達。 家に帰ると、ママが粗大ごみと間違ってもしもボックスを捨ててしまっており、元の世界に戻せなくなってしまいます。 混乱し、責任を押し付けあって喧嘩するドラえもんとのび太。 その夜、二人が寝ているところに一匹の猫が現れます。 実は猫の正体は美夜子でした。 家が悪魔に襲われ、満月博士が連れ去られてしまった上、美夜子は魔法で猫にされてしまったといいます。 美夜子は二人に、魔界に一緒に乗り込んでくれと頼みます。 驚愕する二人に美夜子は運命を映し出す魔法の水晶玉を見せます。 そこには二人の他、しずか、スネ夫、ジャイアンの姿も。 翌日、美夜子と共にその旨を皆に伝えますが、皆恐怖のあまり断ってしまい、美夜子は悲しそうな顔をして立ち去ってしまいます。 その頃、異常気象やあらゆる災害が世界各地で起こり始めていました。 ついに二人の町にも地震が起こった時、二人は魔界に行く事を決意。 美夜子を探しに行き、悪魔に襲われ一人で戦っている美夜子を助ける二人。 そこへしずか達もやって来て全員が合流しました。 皆魔界に行く決意を固めてくれたのです。 涙ぐむ美夜子。

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映画ドラえもん のび太の魔界大冒険

のび太の魔界大冒険

13日のコメント欄でdoraraさんも書いてくださっているが、映画『の新魔界大冒険〜7人の魔法使い〜』の声優が、ドラミ役の千秋さん、満月美夜子役のさんに続いて追加発表された。 芸能人だから絶対ダメということはないが、このキャスティングを見ると、作品の質を上げるより、芸能人のに頼った話題づくりを優先させているとしか思えない。 商業映画である以上、話題づくりは重要事項の一つだろうが、そのやり方が見当違いな方向へ走っている気がする。 たとえ商業主義的に正しい方向だとしても、私個人の好みからは確実に外れていっている。 私は、昨年からのバラエ化するアニメドラの状況を好ましく思っていないし、大の特番にいたっては芸能人バラエ色が極度に強いとの情報を知って、いまだにまともに観られないでいる。 怖くて正視できないのだ。 今後もアニメドラを応援していきたいし、新魔界大冒険に期待をかけたい気持ちは強いが、不安要素ばかりが頭をもたげてきて困る。 とりあえずさんの小説を愛読した身として、彼の脚本には期待している。 あと、寺本監督が「私はオーソドックスにものを作るタイプ」と言っていたので、そのオーソドックスさにも希望の光を見たいところだ。 koikesan.

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