加賀屋芸人。 ハウス加賀谷、統合失調症による苦労語る「こらえるの大変でした」

かが屋(お笑い芸人)キングオブコント決勝!?加賀・賀屋のwiki

加賀屋芸人

メンバー [ ] 加賀 翔(かが しょう 1993-05-16 (27歳) - ) 短髪の方。 最終学歴は備前市立備前中学校卒業。 身長174cm、足のサイズ28cm、O型。 趣味は()の影響で始めたと、特技は・撮影。 カメラはD800を使用。 で、お金が無い時代はセルフ散髪をしていた(他の芸人の髪を切るライブを開催したこともある)。 映画のファン。 ジム通いをしている。 上田航平()、秋山寛貴()、林田洋平()と、コントを愛してやまないユニット「コント村」を結成し活動している。 また、岡田軍団(岡田康太()、後藤拓実()、Mamiko())の一員。 小学4年生の時に両親が離婚。 離婚前の旧姓は 久保 だった。 幼稚園の時から祖母の元に預けられて育ち、その後祖母の元から一旦離れて父と暮らしていた頃もあった。 本人曰く、子供の頃は「ととを混ぜて、を作る」と言ったほど常識のようなことがわからない少年だった。 父はがキツくて怖い存在だったらしく、で頭を打たれ失神したエピソードを持つ。 [ ] 初めて面白いと思ったテレビ番組は、中学生の時に見ていた『』。 父が嫌いだった為に幼少期は彼の番組を見たことがなかった。 少年時代はバラエティ番組よりも『』(集英社)にハマっていた。 中学時代は幼馴染の女ヤンキーの取り巻きと仲良くしていたため新しく友人を作る方法が分からず、高校では友人作りに失敗。 との面談の際にとが好きだと答えると、見てもないのに「人を傷つけるお笑い」とカウンセラーに否定され喧嘩したため、学校に行かなくなる。 その後はスーパーのアルバイトをしていた。 お笑い好きの幼馴染みに誘われ、大阪に35期生として入学。 なおその幼馴染みは入学式約1か月前に入学を辞退。 その時加賀も辞めたいと思っていたが母親に「帰ってくんな」と言われたため、当時からコントがしたいと思っていたことから一人コントで活動していた。 しかしその後が出来ると知り、コントが出来なくなると考えて大阪NSCを中退し上京した。 になる為に上京したという説があるが本人は否定している(は実際に弾ける)。 、 のアルバイト経験がある。 『 元旦1 売れっ子だらけのネタSP』(放送)で復活し結成された、「2019 -NEW YEAR-」のメンバーとして出演した。 賀屋 壮也(かや そうや 1993-02-19 (27歳) - ) 長髪の方。 本名: 賀谷 壯弥(読み同じ)。 中学・高校はのに通っていた。 最終学歴は卒業。 上京したいと思っており、学力が適当な都内の大学がたまたまそこだったため東京学芸大学を選んだ。 所持(・)。 大学ではサークルに入って活動。 現在はを習っている。 学生時代はをしないでになるのもいいなと思っていたことがある。 身長178cm、足のサイズ28cm、血液型B型。 趣味は動物のイラストを描くこと、漫画を読むこと。 特技はで、かつてに所属していた。 のファン。 加賀と同じく映画のファン。 ・・の3組からなるユニット『』に影響を受けた。 高校生時代からの曲が好きだが、好きでもある。 加賀と同じく、賀屋の両親も離婚。 離婚前の旧姓は 平井。 自身のツイッターアカウントのユーザー名にもその名前が入っている。 幼稚園入園の頃には母方の実家で暮らすようになっていた。 コントの役柄はお母さんなどの女性役も多い。 子供の頃は「何でも2番がいい」とよく言っていたということで、幼稚園の運動会でも1番で走っていたがわざと途中で立ち止まって2番になってゴールしたらしいと話している。 少年時代はバラエティ番組よりも『』、『』、『』、『』、『』などのアニメをよく観ていた。 中学時代は実家の薪で炊かれる風呂の煙突の煙で子ども部屋が燻されていたため、「臭い」などといじめにあっていた。 大学時代はと交際していたが6回浮気される。 [ ]タイプはハーフ顔の人と話す。 女優との妄想日記を書いており、これはRCCラジオ『かが屋の鶴の間』でもレギュラーコーナー化されている。 に通っていた弟がおり、ルームシェアをしていたこともある。 弟も映像に興味があった。 ()、()、田中永真()、ヤス()と5人でルームシェアをしていたが現在は解散。 来歴 [ ] 、NSC大阪校に通っていた加賀は当時ができることで若手芸人がしか出来なくなると勘違いし養成所を辞め、コントをやるために上京。 偶然入ったの不動産屋がのファンであり、の地元のを勧められたため住み始める。 賀屋はに憧れていて当時は放送作家志望だった。 また大学のキャンパスに近い武蔵小金井に住んでいた。 頃、アルバイト先の( )で店長が2人をめぐりあわせた。 店長が無理やりコンビニの事務所で開いてくれた忘年会で同僚として出会い、そこで2人とも大のお笑い好き(特にバナナマンのファン)と知って意気投合する。 加賀が朝の勤務、賀屋が夜の勤務だったため、それまで会ったことは無かった。 賀屋から話しかけられたが、最初加賀は「(賀屋の)向かって来る圧力がすごかったんで、あまり関わらない方がいいかなと思っていた」という。 賀屋曰く「いつの間にか互いにネタを考え始めた」ということでコンビを組むことになり、結成。 お笑い養成所経由ではなく(加賀はNSC中退)、現所属事務所のオーディションに合格し、賀屋の大学卒業後にデビュー。 マセキを選んだのは「芸人の数が少ないから入れたらカッコいい、先輩もカッコいい」と思ったからという。 2018にて準決勝に進出して脚光を浴びる。 放送の『』()の「この若手知ってんのか!? 2019」の「こいつは天才だ!」と一目置かれている芸人部門で1位にランクイン、憧れのオークラに面白いと評価された。 キングオブコント2019にて業界注目No. 1の中、決勝進出。 審査員の(バナナマン)からは最高評価の「94点」を付けられたが、他の審査員の点数が伸び悩み、結果は6位。 なお2020年現在、設楽から最高評価されながらファイナルステージ進出を果たせなかった唯一のコンビとなっている。 芸風 [ ] 舞台袖に最も芸人が集まる師と称され (2019年時)、日常のワンシーンを切り取ったような、身近な気まずいシチュエーションコント 、「」 を得意とする。 演劇性が高く 、コントに入るにあたっての状況説明を一切せず、説明の台詞も極力省いている。 森田哲矢()はかが屋のコントを「性格の悪いネタ」と称する。 賀屋が誰かといちゃついていてそこに第三者の加賀が盗み見るような、賀屋と誰かのやり取りに加賀が巻き込まれる気まずいシチュエーションコントが多い。 それは日常生活で2人だけでいるシチュエーションが少ないためである結果、電車や喫茶店など複数人が集まる場所が舞台になりやすい。 特にの中を舞台にしたネタが非常に多いため「『トレイン』という単独ライブをしたらいい」といじられるほどだという。 ただし、のネタは2019年8月時点では1つもない。 2人とも出身のため、を話すコントがある。 賀屋は長髪のため女性役を演じることがある。 腕毛や髭を剃りファンデーションを塗ることもある。 コント衣装は実にシンプルでいずれもジーパンを穿き、加賀が黒いシャツを、賀屋が白いシャツを着用する。 小道具もほとんど使わない。 理由としてはコントの小道具を増やす度にお金が掛かる為。 また所属のマセキ芸能社が吉本のように劇場を持っておらず、セットや小道具が借りられないことも要因としている。 2人ともバナナマンのコントに強い影響を受け、加賀は「怖い話」、賀屋は「朝礼」のコントに衝撃を受けたという。 ネタは9(加賀)対1(賀屋)で作っている。 まず加賀がアイデアを出して核となる部分を作り、それを二人で話し合って実際に演じながら作っていくという方法をとっている。 加賀の作った自由律俳句、賀屋の妄想日記をベースにしてその前後を膨らませることもある。 2016年夏頃から起承転結を意識するようにしている。 加賀は「毎月100シチュエーション」を掲げており 、その月に99個までしか思いつかなかった場合は次の月に101個考えるようにしている。 加賀は「元々、身近な小さな笑いが好きで、毎月100個もネタを考えていると、事件ネタばかり書いていられないので自ずと設定が小さくなる」と話している。 は一度だけ披露したことがあるものの、全くウケなかった訳ではないがトラウマになってしまったらしく「二度としない」と公言している。 賞レース成績 [ ]• 第9回 本選出場• 2018年 準決勝進出• 第1回 準優勝• 2019年 キングオブコント 決勝進出(第6位)• 2019年 第6回 本戦出場• 2019年 準優勝• 2020年 ネタサンド 準優勝 出演 [ ] テレビ [ ] 現在のレギュラー番組• (、2020年1月10日 - )- 毎週金曜コーナー「かが屋のキングオブスクール」リポーター 現在の準レギュラー番組• (、2019年10月4日 - )- 準レギュラー• (、2019年11月22日、2020年1月9日、4月10日 - )- 2020年4月10日から金曜日のシーズン芸人として、・と週替わりで出演 不定期出演している番組• (、2018年10月19日、11月2日、11月30日、2019年1月1日、1月18日、2月15日、2月22日、3月29日、4月26日、5月17日、6月7日、7月12日、8月2日、8月9日、8月16日、8月30日、9月6日、11月8日、11月29日、12月20日、2020年1月1日、1月10日、1月17日、2月7日、2月14日、3月6日)- 2020年1月10日は加賀のみ スペシャル番組(特別番組)• (フジテレビ、2018年9月25日)• 朝までSP あら-1グランプリ2018(TBS、2018年12月30日)• (、2019年3月23日)• (フジテレビ、2019年3月30日、8月17日)• 2019(フジテレビ、2019年7月24日)• (日本テレビ、2019年8月25日)• (TBS、2019年9月21日)• (TBS、2019年9月28日)• (NHK、2019年10月27日)• (テレビ朝日、2019年12月20日)• テレビ特区(フジテレビ、2019年12月30日)• (日本テレビ、2020年1月1日)• (テレビ東京、2020年3月25日)• (日本テレビ、2020年3月30日)• お助け! コントット(テレビ朝日、2020年7月11日、7月18日) 出演した番組• (、2018年5月23日)• (、2018年10月3日、2019年5月8日、5月15日)• (、2018年11月5日)• (、2019年1月8日、• (2019年1月25日、2月8日)• (、2019年3月23日、6月2日、8月17日、8月24日、12月18日、2020年2月8日)• (テレビ朝日、2019年6月13日、8月27日、8月28日、2020年3月19日)• ネタサンド! (2019年6月13日、2020年3月19日)• 笑ってたまるか! (2019年8月27日、8月28日)• (、2019年7月14日、2020年3月7日)• (テレビ朝日、2019年8月8日、12月30日)- 2019年12月30日は加賀のみ• (日本テレビ、2019年8月23日、9月13日)• (NHK、2019年10月19日、2020年3月7日)• (日本テレビ、2019年10月24日、2020年1月9日、1月23日、3月19日)• (TBS、2019年11月10日)• (日本テレビ、2019年11月22日、2020年1月9日)• (日本テレビ、2019年11月22日、2020年1月17日、2月23日、3月6日)- 加賀のみ• (日本テレビ、2020年1月9日)• (テレビ朝日、2020年2月21日)• (フジテレビ、2020年3月23日)• ドラマ [ ]• 第2話(2019年10月27日、TBS - 厨房スタッフ• 第6話(2019年11月21日、) - 本人たち役、メインゲストのコンビが演じたネタの作成 ラジオ [ ]• 年越し初笑いスペシャル(、2018年12月31日〜2019年1月1日)• かが屋の鶴の間(、2019年1月3日 、4月26日 - )- 2019年4月26日から月1レギュラー化(毎月第4金曜)• 裏( PARK)- レギュラー• かが屋の(ニッポン放送、2019年8月17日、2020年2月15日) ウェブ番組 [ ]• (、2019年7月24日、8月21日)• (、2019年10月21日 - 12月30日) - 料理人 役• かが屋の最悪な予定(、2019年11月29日 - ライブ [ ]• 単独ライブ『瀬戸内海のカロ貝』(2018年3月27日、新宿シアターブラッツ)• 単独ライブ『瀬戸内海のカロカロ貝』(2019年4月27日、)• 自主ライブ『速いビーム』 DVD [ ] 単独ライブ [ ]• カロ(ソニー・ミュージックソリューションズ、2019年12月25日)- (収録内容:サプライズ、合唱、目標、自転車、誘われ待ち、こたつ、市役所、花束、イヤホン、田舎の家族) 脚注 [ ] []• Rooftop 2019年9月24日. 2020年3月4日閲覧。 【ViVi】2019年12月8日• 中国放送 2019年. 2019年10月26日閲覧。 2019年12月27日. 2019年3月5日閲覧。 bizフレッシュ. 2019年7月27日. 2020年3月18日閲覧。 日刊サイゾー 2020年3月27日. 2020年4月21日閲覧。 ecciteニュース 2019年7月30日. 2020年3月18日閲覧。 お笑いナタリー 2020年1月31日. 2020年3月5日閲覧。 Rooftop 2019年10月6日. 2020年3月5日閲覧。 音楽ナタリー 2018年12月27日. 2019年2月20日閲覧。 2019年7月16日. 2019年3月5日閲覧。 2020年1月26日. 2019年3月5日閲覧。 2019年10月30日. 2019年3月5日閲覧。 2016年11月9日. 2019年2月20日閲覧。 テレ東プラス 2019年7月16日. 2020年3月18日閲覧。 日刊サイゾー 2020年3月27日. 2020年4月21日閲覧。 withnews 2020年4月9日. 2020年4月21日閲覧。 note 2020年2月14日. 2020年3月18日閲覧。 Yahoo!ニュース 2019年12月27日. 2020年3月23日閲覧。 日刊サイゾー 2020年3月27日. 2020年4月21日閲覧。 2019年11月21日. 2020年2月3日閲覧。 お笑いナタリー 2019年12月25日. 2019年12月25日閲覧。 2019年10月26日. 2020年3月8日閲覧。 2019年10月29日. 2019年10月29日閲覧。 お笑いナタリー 2018年12月19日. 2019年2月20日閲覧。 お笑いナタリー 2019年3月8日. 2019年3月10日閲覧。 2020年2月8日. 2020年2月16日閲覧。 外部リンク [ ]• (マセキ芸能社ホームページ)• kagayahirai -• - チャンネル•

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かが屋のネタ動画集!広島岡山の方言を使う千鳥2世のコントに癒されるw

加賀屋芸人

かつて「ボキャブラ天国」などで活躍したお笑いコンビ「松本ハウス」のハウス加賀谷さん。 人気絶頂の中、突然の活動休止を発表したハウス加賀谷さんですが、その理由は「統合失調症」でした。 表舞台から姿を消したハウス加賀谷さんは、その後、10年間、統合失調症と向き合い、入院、リハビリなどを経て、再び芸能界に復帰。 今回、統合失調症から復帰する10年間を、相方松本キックさんの視点を交えながら綴った著書「」を発表しました。 日本人のほとんどの人が多かれ少なかれ、心の苦しみや悩みを抱える現代。 この「統合失調症」も、日本人のおよそ100人に1人がかかる病気で、決して珍しいものではありません。 そこで今回は、松本ハウスのお二人に、統合失調症にかかって芸人として社会復帰するまでの闘病生活を伺いながら、国立精神・神経医療研究センターで社会復帰研究部の部長を務める、伊藤順一郎先生をお迎えして、最新の精神医療や、就労支援、周囲の支え方について専門的なご意見をいただきました。 「どうしたんだろう?」と思って振り向いたら、彼女が下敷きを団扇代わりに扇いでたんですね。 松本:「そういう風に認識しちゃった」わけだよね? 加賀谷:そうなんです。 その授業の間中、後ろの方から、誰か特定できるほどの声で「加賀谷くさいなあ」というのが聞こえてきたんですよ。 今までとは変わったところは何もないのに、いきなり聞こえてきて、もう何がなんだかわからなくって。 振り返って、その声のするほうの友達を見るんですけど、普通にノートをとっている。 でも、明らかにその友達の声が聞こえるんですよ。 最初は授業中だけだったんですけど、いつしかその声が、体育館とか工作室とか、電車の中とか、ある程度、密閉された空間になるとひっきりなしに聞こえてくるようになりました。 それで、「僕が臭いせいで、みんなに迷惑をかけているんだ」とドンドン暗くなってしまいまして。 松本:自分の中に閉じこもっていっちゃったんだね。 加賀谷:そうなんです。 須田:実際にしゃべっている声と、幻聴の区別がつかないものなんですか?違いはないんですか? 加賀谷:違いはないですね。 僕が一番前の席にいるということがあるかもしれませんけれど、区別はつかなかったです。 僕にとってはそれがずっと現実だったので、ドンドンドンドン落ち込んでいきました。 しかも、思春期だったので、そういうことを両親にも相談しづらいんですよ。 それで、母親に「"臭い"って言われるんだけど」と告白してみても「どうすればいいの?」と。 まあ、わからないんですよね。 松本:お母さんもやっぱり「臭くないわよ」ってなる。 加賀谷:そう言うんですけど「いや、臭いから」って。 このやり取りをその後、色々な大人とすることになるんですけど、僕にとっては現実なので。 大谷:伊藤先生、周りの人に相談することにはハードルがあると思いますが。 伊藤:ハードルは高いと思うんですよね。 加賀谷さんにとっては現実だったわけだから、自分がおかしくなっちゃったというよりも、きっと周りが自分に対して、いじわるしているんじゃないかってことがあったわけですよね。 加賀谷:声のトーンとして、みんなが困っているという感じで。 「僕の存在がいけないだ」という風に思ったんですよね。 伊藤:医学的に言うと、脳の中でドーパミンという物質の伝達がかなり過剰になっている時に、そういう声が聞こえてくると言われるんです。 ドーパミンという物質は、緊張したりとか、疲れてるけど、がんばらなきゃって時に出たりします。 自分が疲れていると感じていない場合もあるから、本人からすると、ある日突然感じることがあると、みなさんおっしゃいます。 グループホームを勧められる 大谷:そこから、解決に向かおうとされるまで、どのぐらいの期間があったんですか? 加賀谷:まず、中学時代は「申し訳ない」という気持ちで、ずっと縮こまっていたんですね。 進学するにあたって、三者面談があったんです。 ずっと思っていたことを言おうと思ったんですよ。 先生から「加賀谷、中学を出たらどうするんだ?」って聞かれた時、「僕は高校には進学せずに、ホームレスになりたいと思います。 」って正直に言ったんです。 そうしたら、「どうしたんだ!?」「大丈夫か!?」となったんですけども、僕の気持ちとしましては、僕がこの社会にいたら、みんなに迷惑をかけ続けると。 ドロップアウトと言うと、失礼な言い方かもしれないんですけど、別の社会に行きたかったという気持ちがあって。 だから、精神科に行くという考えはなかったです。 松本:当時は情報も少なかったんですよね。 加賀谷:それで、みんなが僕のことを臭いというのは、ワキガだからじゃないかと思って、じゃあ、脇の皮膚を切り取っちゃえば、全部治るんじゃないかと思ったんです。 そういう解決の仕方があるんじゃないかと。 それで、近所の病院に行って皮膚科の先生に、「すいません、僕臭いんで、脇の皮膚を切り取ってください。 」と言いましたら「いや、臭くなんか無いよ」と。 だから「いや、臭いです」「いや、臭くないよ」と、また同じやり取りになっちゃって。 そうしたら先生から、神経科を勧められて行ったんですけれど、そこでも臭い、臭くないっていう同じやり取りの繰り返しなんですよ。 僕としては、真剣に向き合って話をしてなかったところもあると思うんですけれど、また皮膚科に戻りまして、先生に5回も6回も「皮膚を切り取ってください、切り取ってください。 」と言いましたら、先生が根負けしまして。 「加賀谷君がそこまで言うならやりますよ」と。 松本:ある意味ストーカーだよな(笑) 加賀谷:ストーカーですよ(笑)先生の診察時間を狙って行きましたからね。 そうしたら、「手術します」ってことで、手術室に入って、マーカーみたいので脇に印をして、そこを切り取ってもらったんです。 それが痛いんですけど、これで悩みは全部解消だということで、僕はもうルンルンなんですよ。 その後、抜糸を終えまして、やむを得なく進んだ高校に行ったんですけど、僕は治ったと思っているので、とにかく楽しくて仕方ない。 でも、授業が始まった途端に「加賀谷君、臭い」という声が聞こえて、気分がドーンと沈みこんでしまいまして。 それから帰り道もよくわからないような感じで、家に帰りました。 また、その出来事と並行して、母親が探してきた「思春期精神科」というところで診察していただいていて、お薬を飲むようになりました。 松本:でも、本人は「こういう症状だよ」ということを聞かされてないので、よくわからず出された薬をとりあえず飲んでいた。 加賀谷:でも相変わらず、声は聞こえていたんです。 ある時、学校の廊下を歩いていたら、前の方から、声が波打って、バウンドして、ウワァーっと声が来たんです。 僕は怖くて、その場にピタッとへたり込んでしまうということがありました。 そんな時期に、社会になかなか適応できない方が、社会復帰を目指してみんなで共同生活をするグループホームに入ったほうがいいよと言われていたんです。 でも、そういった施設に対して、僕の中にも偏見があってお断りしていたんです。 だけど、こんなに具合が悪いんだったら、グループホームにお世話になったほうがいいかなと思いまして、父と母に相談すると、「加賀谷家は、今、家庭として機能していないので、潤くん(ハウス加賀谷氏の下の名前)は入ったほうがいい。 」と言われまして。 ちょうど海外赴任とかがあって、家族がバラバラの時期だったんですね。

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加賀屋 (歌舞伎)とは

加賀屋芸人

お笑いコンビのが8日、都内で著書『統合失調症がやってきた』の出版記念イベント前に記者会見を行った。 ハウス加賀谷の持病であった統合失調症の悪化を理由に1999年に活動休止、10年の歳月をかけコンビを復活させた加賀谷は「この病気は完治とは言わず、寛解と言う。 薬を飲んだ状態で寛解」と説明した上で、「復活芸人です」とアピール。 まだ「完全に克服した状態とは言えない」としつつも「復活したのは4年前。 飲んでる薬の内容も量も変わらないけど、どんどん脳みそがクリアになっていく」と笑顔で明かした。 かつて『ボキャブラ天国』で注目を浴びた二人は現在、お笑い芸人としての活動と平行して講演会なども開催。 加賀谷は「(統合失調症は)100人に1人がなる。 皆さんもなる可能性がある病気です。 身近な病気であることを届けたかった」と同書の執筆理由を明かした。 中学時代から幻聴、高校生になると幻覚に悩まされていたという加賀谷は、執筆の際も「辛くないと思っていたことも辛くて、吐き気がした」と告白。 休止前も精神疾患で通院していることを公表していたことから「あるお笑い大会の総評で『障害者を舞台にあげていいのか』と言われ、こらえるのが大変でした」と世間の偏見にも悩まされたことも吐露。 それでも「今でもたまにありますが、気にしなくなった」と前を向いてみせた。 『ボキャブラ天国』で共に活躍したくりぃむしちゅーや爆笑問題らが次々とブレイクしていくなか、「それどころじゃなかった」というほど重い副作用に苦しみ「ほぼ何も出来ない状態だった」と振り返る加賀谷。 一方で「『いつかまたお笑い芸人に戻ってやる』という気持ちは大きくなったり小さくさったりしながらも、心の中にあった」と感慨深げに語った。 相方の松本キックは「辞めるって話をする時も(加賀屋は)お母さんと一緒に来て、ほぼ聞こえてない状態だったし、『戻ってこい』とは言えなかった。 少しでも良くなってほしいというだけだった」と当時の心境を回顧。 オーディションなどにも積極的に参加していると明かし、松本は「チャンスがあれば狙って行きたい」。 大手芸能事務所サンミュージックに移籍し、松本が「今では完全に事務所では若手扱い」と冗談めかすと、加賀谷も「自分のこと、芸歴何年かはわからない。 フレッシュ! フレッシュ!」と語り、笑いを誘っていた。

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