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概要 [編集 ] 戦前から使われている航空基地であり、の出撃基地でもあった。 脇には、今でもの掩体壕が残されており、司令部庁舎も戦前に建造されたものが2015年まで使用されていた。 なお、特攻基地の規模としては、人員・機体数ともに全国的に有名な()を上回る。 やにとっては、に移動するヘリコプター部隊が、途中給油に立ち寄る重要な航空基地である。 10月、の再編計画により、に配備されている所有のが鹿屋航空基地に移駐することで、日米政府が合意した。 近年中に、日米共用飛行場になる可能性が高い。 (平成20年)3月26日、海上自衛隊航空部隊再編が行われ。 第1航空群隷下の第7航空隊が廃止され、第1航空隊へ統合。 鹿屋が編成替えし、第72航空隊(隊本部:)鹿屋航空分遣隊に変更された。 鹿屋航空基地の一角には旧日本海軍時代から海上自衛隊に至るまでの史料を集めたが開設されており、館周辺には海上自衛隊が使用した航空機や旧日本海軍の等が展示されている。 沿革 [編集 ] 第1航空群司令部旧庁舎(2010年代撮影)• (昭和11年)4月1日 - が創設される。 中は、末期のの頃に司令部が置かれ、におけるの中心的な出撃基地となり、828名が出撃した。 (昭和20年)9月3日 - が鹿屋航空基地に進駐、1948年11月まで駐留する。 (昭和25年)12月1日 - 鹿屋駐屯部隊が編成される。 (昭和26年)5月1日 - 鹿屋部隊を母体に警察予備隊第4管区隊が編成。 (昭和28年)• 12月1日 - 鹿屋航空隊が開隊される。 12月10日 - 開設により、独立第535施設大隊が移駐。 (昭和29年)7月1日 - 海上自衛隊鹿屋航空隊と改称される。 (昭和30年)11月21日 - 陸上自衛隊鹿屋駐屯部隊(第12普通科連隊)がへ移駐し、鹿屋駐屯地が廃止。 鹿屋航空基地の全域が海上自衛隊の管轄となる。 (昭和36年)9月1日 - 第1航空群(航空集団隷下)、鹿屋教育航空群(教育航空集団隷下)、鹿屋航空工作所(佐世保地方隊隷下)が新編される。 (昭和62年)12月1日 - 鹿屋教育航空群及び同群隷下の第203教育航空隊が廃止となり、同隊所属のP-2Jにより第7航空隊(第1航空群隷下)が新編される。 第211教育航空隊は教育航空集団直轄となり、鹿屋に残留。 (平成10年)12月8日 - 鹿屋航空工作所が廃止、第1航空修理隊(航空集団隷下)が新編される。 (平成20年)• 3月26日 - 海上自衛隊航空部隊再編に伴い、第1航空群隷下の第7航空隊が廃止され第1航空隊へ統合、同じく鹿屋救難飛行隊が(司令部:大村航空基地)隷下の第72航空隊に編成替えとなり、「第72航空隊鹿屋航空分遣隊」に改称。 旧第1航空隊配備の連絡機は第61航空隊()へ集約移動。 11月5日 - 第2条第4項(b)の適用施設・区域として在日米軍に新規提供される(施設・区域名: 鹿屋飛行場、 Kanoya Air Base, FAC 5127)。 (平成27年)- 海軍航空隊本部時代から使用されていた司令部庁舎が解体され、新庁舎となる。 (平成30年):第211教育航空隊を「第211教育航空隊」(回転翼基礎課程及び計器飛行課程担任)と「第212教育航空隊」(実用機課程担任)に分離改編。 第72航空隊の廃止に伴い、鹿屋航空分遣隊が第22航空隊隷下に編成替え。 配置部隊 [編集 ] 第1航空群司令部新庁舎(2015年撮影)• 第1航空隊 - 海上自衛隊初の航空部隊として1961年9月に編成。 2008年3月に第7航空隊と統合し再編成。 固定翼哨戒機で哨戒を行う主力部隊。 平素から南西諸島方面の哨戒に当たっている。 2019年現在は及びを運用。 第1整備補給隊 - 鹿屋航空基地に配備された航空機の整備を行う。 鹿屋航空基地隊 - 施設管理、警備、福利厚生、航空管制など基地業務全般を行う。 第22航空隊(隊本部:)鹿屋航空分遣隊 - 救難任務を主とし、離島からの緊急患者輸送等の各種災害派遣などに対応する。 第72航空隊隷下時代の2011年の霧島山(新燃岳)の噴火では溶岩ドームの観察なども行った。 2018年現在はを運用。 第1航空修理隊 - 隷下。 海上自衛隊が使用する航空機の修理等を行う。 第211教育航空隊 - 隷下。 初等飛行教育を終えた訓練生に回転翼基礎課程及び計器飛行課程の教育・養成を行う。 2018年現在はを運用。 第212教育航空隊 - 隷下。 計器飛行課程を終えた訓練生に実用機の教育・養成を行う。 2018年現在はを運用。 鹿屋システム通信分遣隊 - 基地内の通信の維持管理を行う。 鹿屋警務分遣隊 - 基地内の治安維持に当たる。 航空管制 [編集 ] 種類 周波数 運用時間 JST GND 236. 8MHz 24H TWR 126. 2MHz,133. 4MHz,228. 2MHz 236. 8MHz 24H APP 122. 15MHz,126. 2MHz,284. 6MHz 362. 3MHz 24H ATIS 246. 8MHz 月〜金の8:00〜22:00 航空保安無線施設 [編集 ] 局名 種類 識別信号 周波数 KANOYA NDB JA 238KHz KANOYA TACAN JAT CH-85 航空祭 [編集 ] 毎年4月下旬(2009年以前は5月中旬。 2010年は4月11日 )に「エアーメモリアルinかのや」(エアメモ)の名称で航空祭が開催されている。 P-3Cによる機動展示飛行を実施しており、これは日本国内のみならず、世界的にも珍しい。 の「鹿屋航空隊開設40周年」を機に鹿屋市との共催のかたちで開始された。 初回は退役式典も同時に行われ、T-2ブルーインパルスはよりリモートで展示飛行を行った。 2004年4月29日には「鹿屋航空隊開設50周年」記念の航空祭が開催され、が同基地に初展開し展示飛行を行った。 2014年にも鹿屋航空隊・自衛隊創設60周年を記念し10年ぶりとなるブルーインパルスの飛行展示が行われている。 2000年は宮崎県で発生したの影響で、2011年は()の影響(展示予定であったブルーインパルスも1機が被災)で中止した。 2016年(4月23日・24日予定)はや(ゼロ戦)などの公開が予定されていたが、4月14日以降に発生したの影響により同月16日に中止を決定した。 2015年は同年2月に鹿屋航空基地所属のの墜落事故があったものの、予定通り開催された。 2016年も同年4月6日に所属のが鹿屋航空基地の設備点検中に墜落する事故があったものの、同月12日時点では予定通り開催するとしていた。 2017年の当基地航空祭において米海軍を初展示、翌年には飛行展示を実施した。 主な事故 [編集 ] 鹿屋航空基地所属部隊に関連する事故を列挙する。 1961年12月9日 - (現在の)を祝賀飛行中のが墜落、2名が殉職。 1962年2月6日 - SNJがに墜落、2名が殉職。 1962年9月3日 - 災害派遣で飛行中のが・(現在の)のらんかん山に衝突、12名が殉職。 1967年12月13日 - が訓練飛行中に鹿屋航空基地東方に墜落、4名が殉職。 1972年7月26日 - P2V-7が台風避退帰投中にに衝突、7名が殉職。 2015年2月12日 - が訓練飛行中に宮崎県の山中に墜落、3名が殉職(を参照)• 2016年4月6日に航空自衛隊所属のが鹿屋航空基地の(TACAN)の点検飛行中に高隈山の御岳山頂付近(標高900メートル付近)に墜落し、6名が殉職する事故が発生。 (を参照) その他 [編集 ] 2016年1月27日、の試験飛行が当基地で行われた。 この機体は1970年代にで破損状態で発見され、アメリカ人コレクターが回収。 その後ロシアで修復し、日本人が買い取ったもので、元所属機と推定される。 なお、エンジンは損傷が激しかったためオリジナルのから社製に換装されている。 当日は往年の航空機ファンや機愛好家など、全国から集まったファンの前で約20分間飛行した。 試験飛行の様子はでライブ中継された。 その後、長期間駐機する予定のまで自力飛行により移動し、写真撮影など各種記念イベントを開催。 同空港では、この月の構内売上が急増し、全国でも零戦プラモデルを発売しているメーカーの生産が追い付かず、一時的に入荷待ち状態になるなどの動きがあった。 2013年の映画『』公開以降、アメリカでは新たな「Zeke(連合軍側のコードネーム)愛好家団体」が設立されるなど、零戦ブームは国内外において盛り上がりを見せた。 この「零式艦上戦闘機 里帰りプロジェクト」は、で調達した資金が活用された。 脚注 [編集 ] []• 国立公文書館デジタルアーカイブ 1953年11月19日. 2017年7月15日閲覧。 国立公文書館デジタルアーカイブ 1955年11月1日. 2017年7月12日閲覧。 防衛省・自衛隊 2008年11月6日. 2017年7月12日閲覧。 2018年3月23日付防衛省発令(1佐職人事)• 鹿屋市役所企画課「2市17町の主な祭りと行事」『鹿屋市市勢要覧 2001年』鹿屋市、2001年。 『鹿児島県 鹿屋市 市勢要覧 2009』鹿屋市企画財政部企画調整課、2009年 p. 「 」『広報かのや』平成21年6月12日号(第83号)、鹿屋市役所、2009年 p. 「 」『広報かのや』平成22年5月13日号(第105号)、鹿屋市役所、2010年 pp. 8-9• 『MAMOR』2008年9月号• 福留三南美「エアーメモリアル取りやめ 鹿屋実行委」『南日本新聞』2016年4月17日22面。 315• 316• 『海上自衛隊鹿屋航空基地40年誌』p. 317• 野村圭「鹿屋空自機事故1週間 なぜ墜落、深まる謎」『南日本新聞』2016年4月13日1面。 2016年1月28日1時58分. 2016年1月28日閲覧。 参考文献 [編集 ]• 海上自衛隊鹿屋航空基地40年誌編集委員会『海上自衛隊鹿屋航空基地40年誌』1994年。 「Military Report 海上自衛隊 第1航空群第1航空隊」『』 、2008年9月号(第19号)。 関連項目 [編集 ] ポータル 航空• - 鹿屋航空基地を誘致した代議士、鹿屋市長• - 海軍時代に勤務した会計学者、元(世界会計学会)副会長 外部リンク [編集 ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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同窓会サイト【活動報告】 鹿屋同窓会報告会(東京)(2014. 24開催) 東京で、鹿屋同窓会報告会を2014. 24に開催したという連絡を頂きました。 乾杯! 出席者は、後列左から、岡村君、下本地君、岩下君、郷原君、前列左から、小瀬さん、藤崎さん、堂平さんです。 (旧姓表示) なんか、鹿屋より鹿児島らしい場所で盛り上がっていますね! 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) 第二回同窓会(鹿屋)(2014. 26開催)) ついに、第二回同窓会を開催できました!みなさん、ありがとうございました! 恩師は、徳留先生、飯ケ谷先生に、御参加をいただきました。 先生、ありがとうございました! また、残念ながら、ご欠席の先生には、同窓会の写真をデジタルフォトフレームと一緒にお贈りいたしました。 なお、翌日は、鹿屋自衛隊にて、「エアーメモリアル2014」が開催され、10年ぶりとなる「ブルーインパルス」飛行展示もありました! 一応、幹事会で日程を決める時に、「ひょっとしたら、4月27日開催かもしれないから、その前日にしよう!」という案で進めた経緯がありました。 当日に見えなかった方は、前日の練習飛行を見ている方も多かったので、珍しいという点においては、同窓会と翌日は、それぞれ特別な一日になりました。 なお、次回の還暦同窓会の代表幹事には、厳正なる投票の結果、永友君に決定し、快諾を頂きました。 今度は、永友君を中心に、還暦同窓会にむけて、みんなで盛り上げていければと考えています。 私たち、今回の幹事へのご協力と同様、引き続き、次回幹事へのご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成26年4月30日 代表幹事 福留 勝志 プチ同窓会(横浜)(2013. 31開催)) 横浜で、プチ同窓会を2013. 31に開催したという報告が届きました。 出席者は、前列右から、岡村君、佐藤(旧姓小瀬)さん、米山(旧姓追立)さん、郷原君、橋本(旧姓堂平)さん、酒井君、以上、計6名でした。 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) クラス別出席予定者(2013. 26現在) 2013. 26現在、3年次のクラス別出席予定者数は、次の通りです。 他のクラスも、ご近所お誘い合わせのうえ、ご参加下さい! クラス別出席予定者 1組 9名 6組 9名 2組 11名 7組 7名 3組 16名 8組 12名 4組 9名 0組 2名 5組 10名 計 85名 返事待ち・住所不明の対象者 ・2013. 30現在、195名の方の返事をお待ちしています。 (住所不明者も含む) ただし、郵送済みの方でも、実家送付の場合、本人のお手元に 届いていないことも有り得ます。 連絡先をご存じの方は確認して下さい。 なお、出席予定:85名、お仕事・遠距離のための欠席予定:17名です。 16開催) ホームページで公開案内させていただいた鹿屋でのプチ同窓会を開催しました。 出席者(敬称略)は、前列左から、有島、上村、田平、福留(勝)、吉元(知)、永友、 後列左から、佐藤(旧姓小瀬)、福永(旧姓高畑)、浅井(逸)、北迫、前之原、本田、 以上、計12名でした。 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) クラス別出席予定者(2013. 28現在) 活動報告です。 2013. 28現在、3年次のクラス別出席予定者数は、次の通りです。 各クラスで、ご近所お誘い合わせのうえ、ご参加下さい! クラス別出席予定者 1組 8 6組 7 2組 11 7組 7 3組 11 8組 10 4組 9 0組 2 5組 5 計 70 返事待ち・住所不明の対象者(2013. 27現在) ・2013. 27現在、222名の方の返事をお待ちしています。 (住所不明者も含む) 出席予定:70名、お仕事・遠距離のための欠席予定:17名です。 なお、物故者の方は11名です。 ご冥福を心からお祈り申し上げます。 活動開始(2013. 26現在) ・2013. 26現在、前回抽選で選ばれた代表幹事が幹事有志を集めているところです。

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同窓会サイト【活動報告】 鹿屋同窓会報告会(東京)(2014. 24開催) 東京で、鹿屋同窓会報告会を2014. 24に開催したという連絡を頂きました。 乾杯! 出席者は、後列左から、岡村君、下本地君、岩下君、郷原君、前列左から、小瀬さん、藤崎さん、堂平さんです。 (旧姓表示) なんか、鹿屋より鹿児島らしい場所で盛り上がっていますね! 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) 第二回同窓会(鹿屋)(2014. 26開催)) ついに、第二回同窓会を開催できました!みなさん、ありがとうございました! 恩師は、徳留先生、飯ケ谷先生に、御参加をいただきました。 先生、ありがとうございました! また、残念ながら、ご欠席の先生には、同窓会の写真をデジタルフォトフレームと一緒にお贈りいたしました。 なお、翌日は、鹿屋自衛隊にて、「エアーメモリアル2014」が開催され、10年ぶりとなる「ブルーインパルス」飛行展示もありました! 一応、幹事会で日程を決める時に、「ひょっとしたら、4月27日開催かもしれないから、その前日にしよう!」という案で進めた経緯がありました。 当日に見えなかった方は、前日の練習飛行を見ている方も多かったので、珍しいという点においては、同窓会と翌日は、それぞれ特別な一日になりました。 なお、次回の還暦同窓会の代表幹事には、厳正なる投票の結果、永友君に決定し、快諾を頂きました。 今度は、永友君を中心に、還暦同窓会にむけて、みんなで盛り上げていければと考えています。 私たち、今回の幹事へのご協力と同様、引き続き、次回幹事へのご協力をよろしくお願い申し上げます。 平成26年4月30日 代表幹事 福留 勝志 プチ同窓会(横浜)(2013. 31開催)) 横浜で、プチ同窓会を2013. 31に開催したという報告が届きました。 出席者は、前列右から、岡村君、佐藤(旧姓小瀬)さん、米山(旧姓追立)さん、郷原君、橋本(旧姓堂平)さん、酒井君、以上、計6名でした。 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) クラス別出席予定者(2013. 26現在) 2013. 26現在、3年次のクラス別出席予定者数は、次の通りです。 他のクラスも、ご近所お誘い合わせのうえ、ご参加下さい! クラス別出席予定者 1組 9名 6組 9名 2組 11名 7組 7名 3組 16名 8組 12名 4組 9名 0組 2名 5組 10名 計 85名 返事待ち・住所不明の対象者 ・2013. 30現在、195名の方の返事をお待ちしています。 (住所不明者も含む) ただし、郵送済みの方でも、実家送付の場合、本人のお手元に 届いていないことも有り得ます。 連絡先をご存じの方は確認して下さい。 なお、出席予定:85名、お仕事・遠距離のための欠席予定:17名です。 16開催) ホームページで公開案内させていただいた鹿屋でのプチ同窓会を開催しました。 出席者(敬称略)は、前列左から、有島、上村、田平、福留(勝)、吉元(知)、永友、 後列左から、佐藤(旧姓小瀬)、福永(旧姓高畑)、浅井(逸)、北迫、前之原、本田、 以上、計12名でした。 全国の各地で開催されたプチ同窓会も、情報提供ください。 (ただし、当該参加者の了解後) クラス別出席予定者(2013. 28現在) 活動報告です。 2013. 28現在、3年次のクラス別出席予定者数は、次の通りです。 各クラスで、ご近所お誘い合わせのうえ、ご参加下さい! クラス別出席予定者 1組 8 6組 7 2組 11 7組 7 3組 11 8組 10 4組 9 0組 2 5組 5 計 70 返事待ち・住所不明の対象者(2013. 27現在) ・2013. 27現在、222名の方の返事をお待ちしています。 (住所不明者も含む) 出席予定:70名、お仕事・遠距離のための欠席予定:17名です。 なお、物故者の方は11名です。 ご冥福を心からお祈り申し上げます。 活動開始(2013. 26現在) ・2013. 26現在、前回抽選で選ばれた代表幹事が幹事有志を集めているところです。

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