きみ は いい 子 子役。 きみはいい子のレビュー・感想・評価

【ネタバレ】映画『きみはいい子』感想。大人だって褒められたい。大人だって抱きしめられたい。|1mm

きみ は いい 子 子役

C 2015「きみはいい子」製作委員会 「きみはいい子」現代の社会問題と対じする人々を鋭い洞察力と真摯なまな差しで描出 いじめ、モンスターペアレント、幼児虐待、認知症といったニュースを見ない日はないような現代の社会問題を扱いながら、心は徐々に温かい気持ちで満たされていった。 呉美保監督は病巣をえぐるのではなく、問題を抱える人々の苦悩を周囲の愛で包み、新たな一歩を踏み出す勇気を示した。 実直だが思うように子どもとふれ合えずどこか諦観も漂う新米教師の岡野(高良健吾)、親から受けた虐待のトラウマで娘に手をあげてしまう主婦の雅美(尾野真千子)、認知症の初期症状に恐怖を感じる独居老人のあきこ(喜多道枝)の日々の生活が交互に描かれていく。 3人の人生が交錯することはないが、同じ街で同じ時間を共有している構成が巧みで群像劇としてメリハリが利いている。 岡野が良かれと思ってした行動がことごとく裏目に出て、やけ気味に愚痴をこぼすところなどはいかにも現代風な若者然としており、雅美がママ友の前では体裁を繕いプライドをのぞかせるあたりも妙にリアルだ。 2人はそれぞれ身近な人の抱擁によっていやされ、特に普段は見下していたママ友の陽子(池脇千鶴)に抱きしめられ、内包していた負の感情を一気に吐き出す尾野の迫真の演技は圧巻だ。 逆にあきこは、毎日挨拶をしてくれる自閉症の小学生・弘也(加部亜門)とのふれ合いによって、かつて無意識の万引きをとがめられたスーパー店員で母親の和美(富田靖子)が持っていた障害児の母親という後ろめたさを氷解させる役どころ。 常に優しさを持って接してきたであろう人生が垣間見えるようで、喜多のさすがベテランの味と思わせる感動を呼ぶ。 そしてラストシーン、高良の決意に満ちた表情は実にさわやかで、思わず快哉を叫んだ。 人は独りでは生きられない、どこかで誰かに支えられているんだと、鋭い洞察力と真摯なまな差しで描出した呉監督。 新たな代表作の誕生を心から喜びたい。 (鈴木元) (外部リンク) 2015年6月25日 更新.

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解説・あらすじ

きみ は いい 子 子役

ごはんを作ってもらえなくて、献立表を暗記するくらい給食を楽しみにしている子。 母にされた虐待をなぞるように、公園から戻って玄関のドアを閉めた途端 貼りつけていた笑顔を剥がし、娘を執拗に叩かずにいられない母親。 継母によるネグレクトを知ってこれ見よがしな同情を寄せる人の前では虚勢を張り 「ほんとにうそつきだなあ」と屈託なく笑うおっとりした友達の家に入り浸る子。 障碍を抱えた子に思いが伝わらないことに疲れ果て、思わず手をあげてしまう母親。 惚けて我が子を虐待したことなど丸ごと忘れ、こどもに還ってしまった母を 電車の中に置き去りにしてしまいたいと、ホームで逡巡する娘。 みんな、あまりにも苦しくて、せつない。 それでも、「きみはいい子だよ」と不器用に抱きしめる先生がいて 「べっぴんさん」と呼びかけてホットケーキを焼いてくれるママ友達がいて 虐待を嘘にしてしまいたいこどもの気持ちを静かに受け入れ、 我が子と穏やかに遊ぶひとときの幸せを、祈りをこめて提供する父親がいて 惚けて万引きする困ったおばあさん扱いされても、 障碍を抱えるこどもに悩む母親に「またおいで」と言ってあげられる人がいて 虐待を繰り返した母が、目に入った砂を舌でぺろんと舐めてくれた たった一度のやさしい記憶を公園のブランコが呼び醒まして 全ての物語に、ささやかだけど温かい救いの手を差し伸べた中脇さんに 深い尊敬をこめて、ありがとうと伝えたい。 家を閉め出されて公園で途方にくれている子に迎えが来るまで コップ酒を片手に素知らぬ顔で見守り続けたおじさんのように 誰かが心細い思いに震えているとき、 小さくても自分にできる何かを、ちゃんと探すことのできる人でありたい、 そう思わせてくれる名作です。 願いがつまっていた。 残酷な現実の中に幸せのカケラが落ちていた。 物語は5つの短編からなる。 「サンタさんの来ない家」 学級崩壊が進む担任と、5時まで家に帰ることができない神田さんの物語。 とても印象が残る終わり方だった。 「べっぴんさん」 子どもを虐待してしまうママの物語。 虐待を受けずに生きてきた人生が幸運だったと感じてしまう。 子どもへの接し方を考えさせてくれる。 大人どおしの接し方も気づかせてくれる。 「うそつき」 だいちゃんの真実をうそつきと言って気にしない優介。 だいちゃんを見守る優介の両親がいい。 他所の子を見守る近所関係をもう知らない。 私が子供の頃にあった、確かにあったけど、もう知らない、聞かない。 振り返るとやっぱり地域で子どもを育てていた時代は幸せだったと思う。 自分の一生を支えてくれていると思う。 ミキの黄身物語にもほっこりした。 「こんにちは、さようなら」 記憶が薄れていくおばあちゃんの物語。 おばあちゃんの孤独と、障碍をもつ親の孤独が、子どもを通して重なりあう。 人は人と接することがとても幸せなことだと伝えてくれる。 障碍を持つ子どもの素直さを伝えてくれる。 「うばすて山」 虐待を続けてきた母が認知症になった。 妹に預けていた母を3日間だけ預かることになった。 認知症の一面を突きつけられる。 「母」しか知らなかった かよ。 かよが母という一人の存在を振り返っていく。 かよの最後の言葉が強く重い。 静かに読み終えた。 今までの人生を振り返ってしまう物語だった。 早くに失くした母親の事。 まだ子どもだった頃の家族の映像が一気に蘇ってきた。 裕福ではなかったけど幸せだったとわかる。 今なら。 今だから。 新興住宅街の同じ町を舞台に、連鎖する虐待や学級崩壊、介護などをとりあげた連作短編集。 深刻な題材の割にはさらりと読める切り口で、さまざまな角度から見えるために風通しがいい感覚があります。 「サンタさんの来ない家」 桜が丘小学校の教師になって2年目の岡野。 1年目に学級崩壊させてしまい、何とかそうはならないように必死で食い止める日々だった。 従妹が教師で、似たような話を聞いたことがあるので。 「べっぴんさん」 公園に集まるママ友といる間だけは、娘のあやねを怒鳴らないでいられる母親。 他のママたちだって、家では虐待しているに違いないと疑っていた。 長男の優介は4月1日生まれでクラスの中で遅れがちだが、だいちゃんという友達が出来た。 「こんにちは、さようなら」 老いてから戦争中のことなどをいろいろ思い出す女性。 小学校の通学路にあるため、1年生は毎年春に玄関ベルを鳴らしていく。 「うばすて山」 子供の頃に虐待された母を一時だけ預かる女性・かよ。 虐待されなかった妹がいつもは世話をしているのだ。 母は認知症で子供に戻ってしまい、娘を育てた記憶も失って、自分の母のもとへ帰りたい様子なのを、ずるいと思う。 高校の頃、母を愛せない自分が悪い子なんだと思っていたときに、担任の先生が「そんなにひどいお母さんなら、嫌いでいいんだよ。 無理に好きになる必要はないんだよ」と言ってくれたこと。 その愛おしさが希望になりますね。 ほのかにあたたかい余韻が残りました。 泣きながら一気読み。 叩かれても、蹴られても、子供は親が好き。 親に褒められたくて、「いい子だね」って言われたくて、どうしたらそうなるだろうって、小さい体で、いっぱいいっぱい考える。 夕方5時まで家に帰らせてもらえない子、自分だけ、「ちゃん」付けで呼んでもらえない子、何をしても怒られる子。 みんな、原因は自分にあるのだと考え、どうすればいいのだろうと、その小さな体でいっぱいいっぱい考える。 そして、一生けんめい直そうとする。 子どもは、私が考えていたよりも、ずっと賢くて、強い。 けれど、やっぱり繊細で、大人の私より、ずっと壊れやすい。 こんな当たり前のことに、この作品を通して、とっても大切なことに思い至ることができた。 読もうかどうしようか、躊躇していた本。 丁寧な文章で、児童虐待をテーマに書かれています。 5つの短編の中には虐げられている子供に目を向けたものもあれば、虐待している母親の語りの作品もある。 かつて虐待を受けた娘の話もある。 虐待の連鎖はかなしい。 虐待を受けている子どもの姿が浮かび、胸に突き刺さってきました。 自分ではどうにもできない子供の辛さがを思うと、かわいそうな気持ちと虐待に対する怒りでいたたまれなくなります。 真正面から書かれている重みがありました。 それでも小説の中で何かしらの救いがあってほしいと願い、そう思えた場面は涙をこらえて読みました。 虐待が子供の心を傷つけるということがずしんと重くのしかかる。 どんなに残酷なことか心が痛いです。 現実にもし虐待されている子が近くにいたとしたら…、その子を思いやっていることを何かの形で行動に表してあげたい。 知りませんでは悲しすぎる。 読み終えて、感想を書くのもまた、とても難しかった。 世の中から消えない虐待を思うと重苦しい気持ちになってしまうから…。 もう50歳になってるというのに、ショックをうけてしまい、自分が甘ちゃんなのを思い知るよう…。 全く本の感想とはいえず、感情の吐露になってしまいました。 WEB本の雑誌の「情熱読書会」を読んで皆さんの熱意に心打たれました。 白熱しているその場の空気が伝わってきて、とても良かったです。 私と同じように感じている書店員さんや、慈愛のこもった言葉で語ることのできる書店員さん。 小説の中の人物に思いを注ぎ、心を揺さぶられているのを言葉にし合っている。 自分の読書と重なり、ジーンとして感動…。 座談会を読んではじめて、この本を読んで良かったと思うことができました。 本当にこの本は、自分の中に刻まれました。 生きづらさを抱えて、毎日を生きている子供や大人を描いた短編5編が収録されている。 親から虐待されてもなお、愛情を得たいと願う子ども。 大人になってなお、子供の時に親から受けた虐待によって苦しみを引きづる人。 その周りの彼らを見守りながら、状況を理解し手を差し伸べる人達。 第一話「サンタさんの来ない家」は虐待を受ける小学生の男の子と教員になって2年目の男性教師の話。 最初、先生が教師として空回りしたり、なかなか児童のことを理解できず上っ面だけを捉えている様子が湊かなえの「告白」に登場する男性教師を思い出させ、読みながら心拍数が上がる感じがした。 けれど、この先生は自分の教師としての至らなさを自覚し、目の前の出来事から逃げなくなって、現実と向き合う覚悟を持ったあたりから、しゃんとするようになった。 わずかだけれど虐待されている児童と心を通わせ、見守り、「君はいい子」と認め、「君のことを大切に思う大人がいるよ」と態度で示す。 辛い内容だけれど、一筋の光がさし、温かい気持ちが沸き起こる。 子どもには幸せであってほしい。 何らかの事情で親から十分愛情が得られないときには周りの大人から大切にされていると感じられたらいいのに、と思う。 それでも、毎日苦しいと思いながら生きている子どもには、おとなになるまで生きて、そこから挽回して幸せになろうよといいたい。 そういう希望が持てるような環境を提供してあげたい。 おとなになるって結構いいねと思ってもらえるようになりたいものです。 思っていたほどに残酷な描写が少なくて、どこかに救いのある終わり方だったので、よかったーと安堵のため息が出ました。 題材が題材だけに、きついし重いし怖すぎる。 新任の先生、一年生の学級崩壊、いじめ、モンスターペアレント、給食費未納、義父の虐待…とのっけからかなりシビアな問題を詰め込んでくるので、来春小学校に入る娘を持つ身としては、現代の小学校がもはや伏魔殿としか思えない。 ああ、恐ろしい。 その後も、自分の子にも虐待を繰り返してしまう母親や、嘘で自分を守る子供たち、障害がある子と母親、かつて虐待された母が認知症になり複雑な思いを抱く娘と、遠い世界のようですぐ身近にある問題が描かれていて、ただのフィクションとして読めないものがありました。 あーあ。 舞台の町がやや住んでる町と似ていることもあり、なんかほんとにやりきれない気持ちです。 読んでいて、これは自分のごく身近で起こっていることなのではないか・・・・ そんな錯覚すら覚えた本。 学校に勤めているということ。 そして小さな子どもを持っているということ。 家を持ち、ローンを抱え、自分の人生がある程度見通せるようになってきたこと。 専業主婦ではない奥さんにとって公園づき合いだったり ママ友づき合いはけっこうドライにできている。 そこは何かホッとした面でもあった。 家に子どもと過ごす時間の長さってこれほど 視野を狭めていくものかと、この本を読んであらためて実感した。 そして学校に勤めているからこそ とってもリアルに感じたのは 親から虐待を受けたり、ネグレクトな状態 この本に書かれていることは決して大げさでも何でもないということだ。 活字にするとここまで残酷だと思うことが 学校という現場では当たり前のように語られている。 だから、決して遠い話だとは思わなかった。 明日のあの子の話でもおかしくはない。 自分にとってはリアルな本だ。 そしてここまで書いたかというすごい本でもある。 桜ケ丘という地域を舞台にした5編の短編集。 私も読み始めは気分が重かった。 読み進めるにつれ 痛々しくて胸がえぐられるような思いがする。 だからといって登場人物達には「絶対に共感できない!」と 胸を張って言い切れる自分でもないと思った。 自分も育児をする中で似たような思いに駆られることがあったし、今も何が正解かは分からない。 もしくは身近な誰かがこういう思いに沈んでいるかもしれない。 難しいテーマなのに読み終えてどこか静かな穏やかな気持ちでいられるのはきっとどの短編でも最後に明るい兆しが見えるからだろう。 昨年8月から図書館の順番待ちしてやっと読めた。 読んで良かったと思える1冊。 【サンタさんの来ない家】 『一枚のTシャツだって、一本の鉛筆だって、この子のためにだれかが用意してくれた。 そのひとたちの思いが、この子たちひとりひとりにつまっている。 そのだれかは、昨日はこの子たちにごはんを食べさせ、風呂に入れ、ふとんで寝かせ、今朝は朝ごはんを食べさせ、髪をくくったりなでつけたりして、ランドセルをしょわせ、学校に送り出してくれたのだ。 そんなあたりまえのことに、ぼくはやっと気づいた。 』 『たしかに、こどもは親をえらべない。 住むところも、通う学校もえらべない。 偶然によせあつめられて、ここにいる。 ここで、揚げパンを食べている。 だからこそ。 みんな、こどもなりに、ここで、ふんばっているんだ。 ぼくは揚げパンをかじりながら、泣きそうになるのを、必死でこらえていた。 』 【べっぴんさん】 『あたしもそうだった。 たたかれるようなわるいことは、なんにもしていないのに。 今になってわかる。 そのときはあたしも、あたしは世界で一番わるい子だと思っていた。 』 『冬はいい。 寒いから着込んで、肌の露出が少なくなる。 たたいた跡も、けった跡も、おして家具にぶつけた跡も、積み木を投げつけた跡も、みんなあたたかい服がかくしてくれる。 着せれば着せるほど、いいママになれる。 』 『なんであんなことしたのよ。 なんであたしを怒らせたのよ。 なんであんなことして、あたしにたたかせたのよ。 あたしは、いいママでいたかったのに。 たたかせたのは、あんた。 みんなあんたのせいなんだから。 』 『あたしもそうだった。 なにもかもがくりかえされる。 はじめからなにもしなければ、きっと、こんな気持にならなくてすむのに。 こどもを、生なければよかったのに。 ママは、生まれなければよかったのに。 あたしなんか。 』 『わらっている。 でもその笑顔をいつ貼りつけたのか、あたしにはわかっていた。 あたしもついさっき、扉の前で貼りつけたばかりだったから。 』 『「たばこでしょ。 おんなじ。 」 はなちゃんママは、知っていた。 そのときの痛みを。 消えない親の怒りの跡を。 自分の体に刻まれたそのしるしを見るたびに、自分は、親に嫌われている、世界で一番わるい子だと思い知る。 いくつになっても消えない、世界で一番わるい子のしるし。 』 【うそつき】 『ぼくは知っている。 たとえ別れても、二度と会わなくても、一緒にいた場所がなくなってしまったとしても、幸せなひとときがあった記憶が、それからの一生を支えてくれる。 どんなに不幸なことがあったとしても、その記憶が自分を救ってくれる。 雨に振りこめられた家の中。 このひとときの記憶が、いつか、優介とだいちゃんを救ってくれますように。 ぼくは祈った。 』 【こんにちは、さようなら】 「ね、ひろや。 しあわせってなんだっけ。 しあわせは?」 「しあわせは、晩ごはんを食べておふろに入ってふとんに入っておかあさんにおやすみを言ってもらうときの気持です。 」 『たしかに、それほど仕合わせなことがあるだろうか。 たたかれたって、おとうさんに捨てられたって、おかあさんに殺されそうになったって、この子は仕合わせの意味をよくわかっている。

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映画「きみはいい子」のラストについて質問です。高良健吾演...

きみ は いい 子 子役

まじめだが優柔不断で、肝心なところで一歩を踏み出すことができない新米の小学校教師・岡野。 近所のママ友たちとの表面的な付き合いの陰で自分の娘に手をあげ、自身も親に暴力を振るわれていた過去をもつ雅美。 最近感じはじめた認知症の兆しにおびえる独居老人・あきこ。 とあるひとつの街に暮らし、悩みや問題を抱えて生きるおとなと子どもたち。 彼らが、人と人とのつながりに光を見いだし、小さな一歩を踏み出していく。 小学校の教師である新米教師の岡野匡(高良健吾)、海外出張で夫不在の家庭で3歳の娘を育てる水木雅美(尾野真千子)、そして家族を亡くし一人で暮らしている佐々木あきこ(喜多道枝)の3人が主人公。 子供を虐待してしまう母親、ネグレクト、いじめや学級崩壊、モンスターペアレンツなど学校を取り巻く問題や孤独に暮らす独居老人…。 様々な年代の人が抱える悩みや苦悩が描かれていく。 映画『きみはいい子』感想、ネタバレ 映画『』でもメガホンを取った呉美保さんの作品だったので、かなり期待して見たんですが… 大号泣。 目がジャバ・ザ・ハットみたいになるくらい泣きました。 虐待シーンやネグレクトなど思わず目を背けたくなるような描写もあるんだけど、 その先には救いや希望もきちんと匂わせていて、ただ鬱っぽい気持ちなまま終わりでもなければ、決して綺麗事を描いたわけじゃなくて。 その現実と映画との「バランス感」がちょうどいい作品でした。 というか役者陣の演技が自然で、没入してみれるところもよかった。 そして、 「いい映画だったな〜」だけで終わらず、見た後にきちんと心に残るものがあって、家族や他人とのつきあい方を、見直すきっかけを作ってくれるいい映画! テーマは、かなり重ためです。 昔、親から虐待された事が原因で自分の子供にも虐待をしてしまうお母さん• 親からネグレクトされていてろくに食事を食べさせてもらえない小学生• クラスで起こるいじめ• モンスターペアレンツから学校への圧力• 孤独に一人暮らす老人 など、社会で起こっている問題を 小学校の教師である新米教師の岡野匡(高良健吾) 夫不在の家庭で3歳の娘を育てている母親、水木雅美(尾野真千子) 家族を亡くし一人で暮らしている独居老人の佐々木あきこ(喜多道枝) 3人の目線を通して描いていきます。 特に子供と上手く向き合えず虐待してしまう雅美のシーンは、演技とはわかっていながら、かなりきついシーンでした。 心が辛かった。 イライラした雅美が、あやねを突き飛ばして何度も叩くシーンがあるんですが、フィクションだとわかっているのに、精神的にきつくて思わず目をそむけてしまいました。 多分、雅美も好き好んであやねを虐待しているはずがないんですよね。 本当は上手く向き合いたいのに、雅美が親から虐待されていたせいで愛し方がわからず、虐待してしまう…という負のループ。 心が握りつぶされるように辛かった。 私はまだ未婚だし子供もいないので、知らない世界なんだけど、こういう閉鎖的な場所で誰にも相談できずに苦しんでいるお母さんって、結構いるんじゃないかなと思ったり…。 一番泣いたのは、物語後半の陽子と雅美の抱擁シーン。 結局、誰にも相談出来ずに1人苦しむ雅美に、ひかるくんとハナちゃんの母親である大宮陽子(池脇千鶴)が近所のママ友として関わるようになっていくんですね。 わかるよ、私もそうだったから。 」 陽子「水木さんも辛かったよね、自分の事嫌いでしょ。 」 ここまで雅美が映るシーンは、寒色で無機質で冷たい印象を受けるような画面が多かったんですが、この陽子との抱擁シーンで、 やっと雅美にも暖かな優しい光がふわっと差し込んで暖かな画に変化していくんですね。 今まで孤独だった彼女に救いの手(暖かな光)が差し伸べられたというのを抽象的に表現していて、とても印象に残る美しいシーンでした。 「虐待されていた子供が親になった時、自分の子供も虐待をしてしまう」というのを聞いたことがあります。 恐らく「親に虐待されたから、私も子供にする」なんて簡単な心理ではなく、その人の心にはきっと愛情の欠落があって「親に愛されたかった子供の頃の自分」がまだ心のなかにいるのかなと思ったり。 そして親から愛されなかったから、愛し方がわからず子どもとの向き合い方がわからないまま親になってしまった人なんじゃないかと。 実は陽子も、雅美と同じく子供の頃虐待されていた子供だったんだけど、 雅美と違ったのは近所に話し相手のおばあちゃんがいた事だったんですよね。 その人が「べっぴんさん」と褒めてくれていたこと。 そして、家庭や学校以外に「居場所」があったこと。 虐待してしまう尾野真千子、生徒のネグレクトに悩む新米教師岡野、孤独に怯える独居老人あきこも、 家族以外の「他者の存在」と関わることで新たな「居場所」ができて閉鎖的だった世界が変わっていきます。 『』でも描かれていたけど、 呉美穂さんは「他者の愛や関心が、どこかで苦しんでいる誰かを救うかもしれない」というメッセージを作品に込めています。 主に尾野真千子のストーリーに特筆したけど、他にもいいシーンがいっぱいありました。 仕事も恋愛も思うようにいかなくて落ち込んでいる岡野を、姉の子供のレンくんがぎゅっと抱きしめながら「がんばって」「がんばって」と何度も言うシーン。 そんな2人を見て岡野姉が 岡野姉「あの子、私の真似して抱きしめて背中ポンポンってするの。 私があの子に優しくすれば、あの子も他人に優しくするの。 子供可愛がれば世界が平和になるわけ。 母親って凄い仕事でしょ!」 とペイ・フォワード精神満載なセリフを言うんですよね。 メッセージ性が強いだけに説教臭くなりがちなこのセリフも、実の姉から言われることでスッと心に入ってきました。 あとは映画後半で、岡野が生徒たちに課す宿題があるんですが、この宿題の内容を答える子どもたちの表情がめっちゃよかった…! そのシーンまでいうことも聞かないし、いじめや問題行動起こすやんちゃで憎たらしい子供達といったような描かれ方をしていたんだけど、生徒ひとりひとりとちゃんと向き合ってみると、それぞれみんなとても愛くるしくて可愛らしい1人の子供なんです。 あまりにもこのシーンの子どもたちの顔が素晴らしかったので、どうやって演出したのかなーと調べてみると、 このシーンは高良健吾と子役達のアドリブで撮影されたシーンだそうで。 子役恐るべし…!!!笑 ほんとこの映画に出てる俳優さん女優さん達の演技が本当に素晴らしくて。 子役達の演技がすげぇ…。 自閉症を持つ弘也という男の子を加部亜門くんが演じているんだけど「本当にそういう子なのかな…?」と思って見てしまうくらい、名俳優でした。 あとは池脇千鶴!!!そこのみにて光輝くの時もジョゼの時も名演技だったけど、作品の世界観に溶け込む能力が半端ないっす!!!(笑) 「あー、陽子みたいなお母さんいるいる」っていう本当に実在するんじゃないかっている既視感というか。 周りのママ友と比べて言動も服装も垢抜けない感じがするんやけど、子供と接する彼女の姿は愛情に満ち溢れていて「元気で明るい、いいお母さん」というのが説明なしに伝わってくる。 それから、内縁の夫からネグレクトされている神田くんの父親。 あのクズっぷり!!! 姿だけで「こいつはろくでもないやつだ」っていうのがわかるっていうね。 笑 呉美保監督は貧困層を描くのがとてもうまいし、実在する人物を見ていると錯覚させる役者さん達の演技に脱帽。 そういやお子さん持つ人に聞きたいんだけど、学校のシーンで「差別にならないように男の子も女の子もさんづけで呼ぶように」なんて描写があって。 今の学校ってそんな風になってるの? 男の子はくんづけで呼んじゃダメなの?それが差別?なんで? 他にも教室にかけてあるランドセルが黒・赤だけじゃなくて色とりどりカラフルだったりと自分が子供の頃とは全く違う時代になってるんだなあとしみじみ感じました。 『きみはいい子』の気になるラストシーン 気になるのが、ラストシーンですね。 岡野が神田さんが学校が好きで鉄棒のところにいたわけじゃなく、時計を見ていたことに気がつきます。 「父親から17時まで返ってくるな」と言われていたから。 早く17時にならないかな~って時計を必死に見てたんですね…。 それに気づいた岡野。 全力ダッシュ!!!!!笑 そして、神田さんの家のチャイムを鳴らしたところで映画は終わります。 そう、結局ネグレクト問題については、はっきり解決しないまま終わるんですよね。 見ている人に想像させるような余韻を残した形で終わるんですけど、私はこの終わり方なかなかよかったなーと思いました。 というのも、岡野が神田さん家の問題を解決することが大事なんじゃなく、 岡野が神田さん家に関わろうとしたその一歩がめちゃくちゃ大事だから。 その後は描かれませんでしたが、岡野や児童保護施設の方が介入して、神田くんの問題はいずれ解決するんじゃないかな~と想像しました。 ネットが普及して、希薄な人間関係でも生きていける便利な現代。 だからこそ、家族以外の他者との繋がりが、自分の些細な行動が、誰かを救うかもしれない。 救うまでいかなくても、なにか変化を起こすきっかけになるんじゃないか。 そんなメッセージを感じました。 まとめ 呉美穂作品は泣ける! 以上、映画『きみはいい子』感想でした。 私はとりあえず見終わった後、家族をハグしてみたんですね。 家族にも「なに!?」って言われたし、めちゃくちゃ照れくさかったけど、心が暖かくなりました(笑) 子供はもちろん、大人も一人で苦しんでいる人がいっぱいいる。 でも、困ったときに話を聞いてもらえたり相談できる人がいるというだけで、少しは安心できるんじゃないだろうか。 特に、子育てしているお母さんは孤立しがちで、子育てで悩んでいても誰にも相談できずに1人で悩みんで苦しんでるお母さんが世の中にはいっぱいいるんだろうなと。 そんな1人で悩みと戦っている人達が少しでも楽になれるように 「貴方ひとりだけじゃないよ」 って居場所がもっと増える社会であってほしいなと願うし、そういう人を見た時に手を差し伸べられる人間でありたいと思ったりしました。 改めて 「母親って偉大だなぁ」 「家族を作るって1人じゃ大変だ」 って思わせてくれる作品でした。 恋人だったら、ちょっと嫌だったり合わないと思ったら簡単に別れることができるけど、家族はみんなで育てていくもので、ちょっとやそっと嫌なことがあっても飲み込んで受け止めなきゃいけないし、簡単にやーめた!ってできないもの。 みんなで協力して育てていかなきゃいけない関係だからこそ、 大変でもあるけど魅力的なのかなぁ、と感じました。 いつかは「大変だけど結婚っていいぜ!旦那好きだぜ!子供愛してるぜ!」なんて言える肝っ玉おかんになりたいな~ 映画『きみはいい子』を無料でみる方法 映画『きみはいい子』は以下のサービスで見ることができます。

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