パンクラス イズム 横浜。 【Special】「一緒に強くなろう」──北岡悟にとってのパンクラスイズム横浜とは

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【写真】4月25日に行われたジョシュ・バーネット・セミナー、今後はアマチュア大会なども開いていくそうだ C PANCRASEISM YOKOHAMA 北岡悟が受け着いたパンクラスイズム。 パンクラスを後世の残すには、門戸開放が欠かせなかった。 日本のトッププロがトレーニングする横で、一般会員が汗を流す。 それこそ「皆と一緒に強くなりたい」という北岡の想いが現実になった証かもしれない。 <北岡悟インタビューPart. 01はから> <北岡悟インタビューPart. 「それは各自に任せています。 『挨拶をちゃんとしましょう』って言ったこともないのですが、皆さんが挨拶をしっかりとしてくれます。 凄く良いですね。 川原兄弟が先に上がった時に道場にいた会員さんが皆で、『お疲れ様でした』って言ってくれて。 『メチャクチャ気持ち良いですね』ってビックリしながら帰っていきました(笑)。 そのためには他のジムでの練習も必要になってきますが、今回に限らず北岡選手に試合がある時もジムはしっかりと回せていけるのでしょうか。 「試合が決まり、自分のクラスは減らしました(笑)。 その分ファイトマネーが入れば、設備を整えます。 現状は僕がいない時は閉めている感じですね。 ただ僕がいなくても伊藤(崇文)さんや近藤(有己空)たち先輩方が練習する分には、空けてもらって全く構いません。 DJなんて、こっちに引っ越してきているので週に5日は顔を出しています。 僕的には一般の会員さんが来る時間は、ほとんどいるようにしています。 自分も一緒に練習していますし。 火曜日の夜はロータス世田谷でクラスを続けているので、その時だけは川原玲郁に任せて『自由練習』の監督をしてもらっています。 それとピラティスもインストラクターの方に来ていただいて週に3コマほどあるのですが、土曜日の朝はランニング・トレーニングに行っているので、道場を開けてもらっています。 でも極力は道場にいようと思っています。 「あれも完全に僕が欲していたモノです。 新しいエッセンスが欲しくて。 以前にジョン・フィッチのセミナーやイジー・マルチネスのセミナーを受けたのが凄く良かったという話をDJにしたんです。 そうしたらDJが、ジョシュが日本に来るし頼めるだろうって、間に入ってくれたんです。 これからも、ドンドンああいうことをやりたいですね。 「一つはちゃんとしたお金を払って、ブラジリアン柔術の先生に来てもらえるようにしたいですね。 八隅さんはロータスがあるし、かといって知らない人には頼みたくない。 気持ちが通じている人たちに足を運んでもらって、柔術を教えてもらえるようにしたいですね。 「そうなんです。 だからこそ、しっかりとした先生に指導してもらいたいと思っています。 僕が柔術クラスを受け持たないのは、そういうことなんです。 道着も加われば、さらに一つの時間を色々な目的を持った人々が共有するイズムの良さが増幅しそうですね。 「近藤さんがしょっちゅう来て、一般会員さんが練習している横で自主練習をしてくれています。 ウェイトをやってケージのなかでシャドーをする。 そして上がっていきます。 そうやって使ってほしくて創ったようなものなので、メチャクチャ嬉しいです。 多様な目的に応えることができて、かつ広すぎない。 目を届かせることができるのが良かったです。 痛いのに続けている人とか、声をかけることができますしね。 本当に今、道場に関係していることでストレスは全く感じていないです。 「格闘技をやったことがない人から、エキスパートまで全て受け入れることができるジムです。 本当に僕もここで練習をしているので、一緒に強くなりましょう」.

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練馬と横浜は副都心線の開通で一本なのですが、腰が重くオープンしてから2年も経つのに練習に参加させてもらうのは初めてです。 練習に顔だして、助けなければいけない時期もあったと思うのだけども行けなかったのは申し開きが立たない。 それにも関わらず、試合のサポートで関わってくれるのには感謝でしかない。 phonつにありがとう。 ここで書いても何にもならねえし、自己救済として書いてるのもわかってる。 ジムの雰囲気がいい。 驚くほどにに心地いい。 (地下だから湿気はすごいけど) 経営だとかビジネスとしてって論点で語れば、格闘技を深く掘り下げているジムがいいのかは賛否が分かれる。 フィットネスを前面に打ち出して、客層を広げたほうが成功するのが定石とされています。 それを否定する気も全くないし、経営を考えたら至極真っ当です。 パンクラスイズム横浜は北岡代表が自身の選手活動の為に作ったと公言しています。 彼の歴史があるからこそのジムで、彼だからこその価値があるのは重々承知で彼だからこそ価値を感じることができているのも承知です。 そこに関して本当に羨ましく感じています。 彼にしかないものだし、僕は何をしても体感することができない幸せなのだから。 そんな話はまあいい。 語り尽くされた話で理解されていないし理解できない話だろう。 「うんこ食ってろ!」な話なのだよね。 プロ選手が多く参加しているグラップリングスパーのクラスに参加させてもらいました。 クラスに参加されていたメンバーを思い出せる範囲で挙げさせてもらうと近藤有己、木村一成、SARAMI、松嶋こよみ、高橋弘(敬称略)と松嶋選手とは2Rの計7R相手してもらいました。 様々な場所、選手と練習させてもらっていますが、基本的な技術がしっかりしていないことも多々あって、その度に「格闘技なめんなよ」と思います。 そのくらいに基本的な技術を軽視する風潮にあるし、テスト対策のMMAばかりです。 試合が強いだけで教養がなければ薄っぺらく長期に渡って力を発揮できないと僕は考えています。 なので日々勉強で練習なのだと。 パンクラスイズム横浜での練習は選手個々の基本技術の高さを感じました。 「え!この選手こんなに強いの?」と感じたし、これからもっと成績が伸びていくのでしょう。 SARAMI選手と技術ラリーができたのがすごくよかった。 女子格闘技の選手とスパーリングして技術のラリーを感じることは難しい。 女子選手の関節の柔らかさで技術のラリーをできる選手がいたら、こちらの練習としては素晴らしいものがある。 (女子柔術世界チャンピオンのミッシェルニコレニは一緒に練習してもらった時も技術でラリーしてくれてすごく勉強になった。 )SARANI選手は格闘技者としてしっかりしていて、気持ちよく練習できました。 (女子選手の中では固いのかなとも思う) 本当にいい時間でいい練習ができました。 ありがとうございます。 それと選手が格闘技について話して練る土壌ができているので、深さは自然に出てくると思います。 練る訓練をされている印象です。 北岡代表が普段のプロ練習で会う顔とは違う顔をしていたのが印象的でした。 プロ練習の時は「何をしてもいい人」として全力でぶつかっています。 そんなぶつかりかたをしていれば当然、緊張感のある空気が流れます。 普段の顔は厳しい緊張感のある顔なのです。 それが優しさ混じりの幸せそうな顔をしていて、驚いたのですよね。 そして安心しました。 ずっと気を張り詰めていたら心配じゃないですか。 (自分自身でも思う) なのでこんなツイートをしました。 幸せだと思うのです。 格闘技を問わず30歳中盤後半になると皆やりたいことをやれていないですよね。 それは家庭を持っていたり、現実を見たり、社会の圧力に負けたり。 そんな中でやりたいことをやれていることに価値を感じているし、その部分で同世代の仲間は応援してくれることを前回の試合で感じました。 北岡さんの自分の好きなことを一生懸命やって、自分の信をジムで問いて伝えて、そこに人が集う。 幸せだなって感じたし、羨ましく感じました。 自分も負けていられないなって帰り道で返事だけを期待して独り言のように話しました。 これは素直にそう思って、バカにする気持ちや自分の方が上だって気持ちは一切ない。 これは本当に。 でも自分自身におごりがあったのではないかと自問はしている。 そんな中でこんなやりとりが。 格闘技選手って見返り(金銭的、社会的)が少ないというか、勝者総取り的な部分が強い格差が激しい。 なので厳しい生き方といえばそうだと思います。 ただそれは他の仕事でも度合いの違いだけであること。 逆にもっと厳しい業界だってあるでしょう。 このツイートで「見下されてる」感覚を感じてしまったのも事実だし、そのために金を稼いでいかないとなって何年も前に感じたことを改めて感じました。 はあちゅうが「バカを黙らせるにはカネ」と言っていました。 でもわかりやすいのはカネなんだな。 なので最低限の金は稼いで行かないとなあって思った次第です。 カネは大切。 それは大前提として。 大切なの。 ただ好きなことをしてですか分の思うように一生懸命に生きてることも大切です。 そのバランスを個々でとっていけばいいのですよね。

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【Special】「一緒に強くなろう」──北岡悟にとってのパンクラスイズム横浜とは

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3月30日午後、鈴木みのるから北岡悟へパンクラスの看板が譲渡された。 場所は神奈川県横浜市の「パンクラスイズム横浜」。 この場所は、1999年から23年間「パンクラス横浜道場」として選手たちが汗を流してきた、言わば「パンクラスの聖地」と言える場所だ。 しかし、この1月で閉鎖が決定。 そこへ、北岡が継ぐことを名乗り出た。 鈴木をはじめ、パンクラスism所属選手らも北岡がパンクラスの名を継ぐことを了承し、3月上旬オープンの運びとなった。 鈴木は「この道場は約23年前に横浜に生まれて、いろんな選手がパンクラスで闘ってきたけど、閉鎖も時代の流れで仕方ないのかなと思ってたんだけど。 どうせ続けるなら、この看板も持って行ってくれないかという俺の思いがあって。 北岡ももちろん、そのつもりだっただろうし、この新しい道場ができたのと同時に、ぜひ看板を受け取ってほしいなと思ってお集まりいただきました」と経緯を話した。 パンクラスは2年前に現代表・酒井正和氏に経営権が移った。 その後、ルールの改正やケージの導入などを経ながら道場も運営されてきたが、「横浜道場は東京と距離もあり、フォローが難しかった。 横浜道場は守っていくべきものではあるが、現実問題として続けていけなくなった」(酒井氏)という理由で、今年1月いっぱいでの閉鎖が決まった。 そこに、ちょうどジム運営を考えていた北岡とのタイミングが合った形で、横浜道場は「パンクラスイズム横浜」として生まれ変わることとなったのだ。 北岡は「格闘技選手のみで15年間やってきて、それを変えることには葛藤があった。 でも、もし自分が格闘技のジムをやるとしたら、パンクラスの道場、パンクラスのジムをやりたいなと思った。 この話を受けていただいた」と話す。 パンクラスと言えば、この看板。 パンクラス誕生以来、その歴史を見守り続けてきたこの看板は、まさにパンクラスの魂がこもった象徴なのだ。 北岡は「いろんな思いはあるが、あとはやっていくだけ。 長い歴史があるものだけど、僕はまだ1ヶ月。 あの看板はもう僕のもの。 よほどの人間が現れない限り、僕のもの。 これを盾でなく、剣にしてやっていきたい」と、看板を受け取る覚悟を語った。 これに対して鈴木は、「これを任せるということは、この先どうなってもいいと思ってる。 俺がパンクラスを抜けた後、この道場はいろんな人の所有物になったけど、あの看板だけは俺のものだった。 だから、ここを閉鎖するなら、あの看板は持って帰ろうと思ってた。 でも、北岡に任せることにした。 それが渡すということだから。 たとえて言えば、旅に出ていた弟が戻ってきたから、じゃ、家のことは任せるわ、みたいな感じかな」と全幅の信頼を寄せる。 鈴木もパンクラスを抜け、missionとしてプロレスに転向しており、北岡もまた、パンクラスを退団した。 しかし、事情はあっても、2人ともパンクラスを愛し続けてきたのだ。 この日は会見前に渡辺大介、有己空(近藤有己)が練習していた。 旧横浜道場と同じように、パンクラスism所属選手は練習することができる。 鈴木も「俺も、時間があるとき器具を使って練習したいな」と笑った。 「パンクラスイズム横浜」の名称は、北岡が決めた。 夜中にふと浮かんだものだという。 北岡は「浮かんだら、これしかないと思った。 道場の右側にはフルケージが入り、トレーニング器具が並び、壁にはカラフルな壁画が描かれている。 そういったものと重ならない位置ということで、左側に決まった。 左側はマットと練習用のリングロープが設置されているだけでシンプル。 右側は新しい雰囲気、左側はレトロな感じと、対照的に配置されている。 フルケージが入っているジムは、まだまだ少ない。 北岡は「多分、フルケージがあるジムは、全国でもまだ10ヵ所もないと思います」と胸を張る。 そのケージを囲むように、ランニングマシンやウェイト器材、サンドバッグなどが並ぶ。 さらに明るい色彩の壁画が雰囲気を盛り上げる。 大阪のイラストレーターが描いたもので、「パンクラスイズム横浜」の名がデザインされている。 北岡は「ケージを入れると怖い雰囲気になるので、明るいイメージのものをお願いした。 ケージに赤と黒が使われているため、この2色は敢えて入れずに描いてもらった」と話す。 白く塗られた天井や壁とともに、親しみやすい雰囲気だ。 さて、ここまできて、ジムの中にあのバッテンマークがどこにもないことに気がついた。 パンクラスと言えば、あのロゴでは? 北岡は「今、パンクラスのあのマークというのは、酒井代表が扱っている。 それとは棲み分けというか、差別化したいという気持ちがある。 あのバッテンに負けないパンクラスを作りたいし、あの偉大なマークに頼ることなくやっていこうと思ったから。 こっちはこっちで頑張って、ぶつかった時にいいものが作れればいい。 でも、敵視じゃないですよ。 ライバル視ですね」と話す。 北岡の目指すのは、パンクラスをより普遍的なものにしていくことだ。 時代の流れとともに変化してきたパンクラス。 道場が生まれ変わったことにより、「パンクラス」は新しい命を吹き込まれ広がり、不滅のものとなる。 看板は、入口を入って左側の壁に設置された。 北岡は「高めに掲げたかった。 先人たちが見守ってくれているように」と言う。 パンクラスの魂がこもった看板は、全てを見渡せる位置から、これからも多くの選手たちを見守っていく。 北岡の勇気ある決断に拍手を送るとともに、さらなる活躍を期待してやまない。 (写真・文/佐佐木 澪).

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