し に たい けど トッポッキ は 食べ たい あらすじ。 韓国のベストセラーエッセイ”死にたいけどトッポッキは食べたい”の日本語版を読んでみました。

【韓国本】死にたいけどトッポッキは食べたい【感想】

し に たい けど トッポッキ は 食べ たい あらすじ

韓国で自費出版から異例の大ヒット、芸能人も読んでいたと話題のノンフィクション作品、日本語訳がついに登場。 感想も続々! 「この本を読み、日常で感じている暗い気持ちを問題として捉えていいんだ、と気づけたことで、はじめて「個」としての幸せを考えることができた」 20代・女性 「自分の性格は誰にも理解してもらえないとあきらめていた。 同じような考えの人がいるとわかった」 10代・女性 「その場でふたりの会話に立ち会っているような感覚」 20代・男性 「家族、友達、恋人、人間関係に悩んでいる人に読んでもらいたい。 深く考えすぎてしまう主人公に共感した」 20才・女性 「この本に登場する"矛盾"は、同年代がみんな考えているようなテーマ」 10代・女性 「心の隅にたまっているものが言語化され、自分の問題がクリアになった」 20代・男性 「私は自分を愛しているし、愛せていないときもある。 他人を愛せていない自分を愛せないとしても、それ以外の部分で自分を愛していたりする。 そんな状態の自分でのんびりと歩いていても、良いのだと思った。 」 内容(「BOOK」データベースより) 私には合いませんでした。 しかしタイトルがとても良いです。 私自身常日頃そんなテンションで生きていると感じ、なんて良い表現だと思いました。 読んだら明るい気持ちになったり共感出来たりするかなと思い購入した次第です。 ですが本を読んでみると主人公の鬱々とした日常が次から次へと語られ、読んでいて暗い気持ちになりました。 普段努めて明るく、普通を振る舞っていて一人でいるときに暗い気持ちになったり、そんな自分って変なのかな?と思う方にはこの本は合っているかもしれません。 タイトルである「死にたいけどトッポッキを食べたい」は主人公の言葉ではなく、主人公と対話していた医師のあとがきの言葉です。 タイトルの表現に惹かれた自分としては、少しがっかりしました。 本の中で主人公と共に先生もずっと登場しているのでがっかりするのは変かもしれませんが、先生の書いた本が読みたいと思ってしまいました。 私にこの本が合わなかったのは、普段から特別真面目でもありませんし暗い自分をある程度受け入れており、暗い気分や人間関係の不安について話せる友人知人がいるからかなと思います。 真面目で人との距離感に悩んだり、暗い自分を人に見せられない方には合っているかもしれません。 残念ながら私には合いませんでした。 タイトルが秀逸で、衝動買いしました。 憂鬱気分がひどい著者と、精神科医のやりとりを描いた内容でしたが、著者の性格が「めんどくさい人だな…」と思ってしまって、読むのが苦痛になってしまいました。 著者は、自己肯定感が低い、物事を白か黒かと極端に考えてしまう、他人からの評価を気にしすぎる、まとめたらこんな性格の人です。 こう書いたら、みんな抱えている問題のように思いますが、著者のヒステリックで極端すぎる言動が、受け入れられなかった。 それは私が冷淡な人間なのかもしれません、こうやって苦しんでいる著者のような人間に寄り添ってあげられないのは。 著者と同じような悩みを抱えている人は、この本に救われると思います。

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『死にたいけどトッポッキは食べたい』発売記念 なかしましほさんの、ごはんで作るトッポッキレシピ

し に たい けど トッポッキ は 食べ たい あらすじ

2018年に韓国で、わずか200冊のブックファンドから口コミで話題になり、40万部を超えるまでになったベストセラー、『死にたいけどトッポッキは食べたい』。 韓国で書店に行ったことがある方の中には、表紙のイラストに見覚えがあるという方もいらっしゃるかもしれません。 自分の心を縛って、苦しくしているものは、いったい何なのか。 それを見つめようともがく過程が、対話形式で生々しく記録されています。 BTSやSUPER JUNIORといったK-POPアイドルのファンをはじめ、韓国の、多くの若者たちの間でも、話題になった1冊です。 この『死にたいけどトッポッキは食べたい』日本語版の発売を記念して、料理家のなかしましほさんに、作品へのコメントとともにおうちでつくれる手軽なトッポッキのレシピを教えてもらいました。 なかしましほさんのコメント この本に収められているのは、誰もが思い当たるような日常です。 何となくしんどいけど生きていくって感じが、あまりに今の私たちで。 簡単に世界が変わるわけじゃないという結末すら、すんなり受け止められます。 漠然と不安な気持ちを抱えて今を生きる人たちへ、解決方法を示した本ではないけれど、読み終えて、自分のコンプレックスを身近な人に話してみたくなりました。 ごはんで作るトッポッキのレシピ トッポッキの餅(トック)は日本のお餅(もち米)とは違い、うるち米(ごはん用のお米)を使っているのでコシがあり、煮くずれしにくいです。 炊いたごはんを使うと、手軽に作ることができます。 タレと一緒に溶けるチーズやソーセージ、さつまあげ、キャベツなどを入れるのもおすすめです。 厚手のポリ袋に炊いたごはんと水を入れ、粒を潰すよう、袋をよく揉む。 片栗粉を入れさらに揉む。 まな板の上に片栗粉(分量外)を多めにふり、1をのせ、全体に片栗粉をまぶす。 やさしく棒状に伸ばし、包丁で食べやすく切る。 たっぷりの熱湯に2を入れ、浮き上がるまで茹で、冷水に取る。 フライパンにタレの材料を入れて弱火にかける。 3を加え、好みの濃度まで煮詰める。 日本では韓国料理店の定番メニューでもあるトッポッキ。 韓国ではごはんのおかずというより、ホットスナックのような存在です。 学校や駅の前、市場などいろいろな場所にトッポッキのお店や屋台があっておやつや夜食に軽く食べることも多いようです。 日本で言うと、おにぎりや、コンビニの肉まんや、たこ焼き…… そんな存在に近いかもしれません。 「死にたい」とぼんやり思うのと同時に「あれが食べたい」と好きな食べ物のことを考える。 そんな相反する心の在り方に、白黒をつける必要はないのかもしれません。 矛盾に満ちていても、それが自分の本当の気持ちなのですから。 何となく元気が出ない時、小腹がすいたとき、そしてもちろん、美味しいトッポッキが食べたいなと思った時に、ごはんで気軽に作れるこのレシピを、ぜひ作ってみてください。

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はじめに | 死にたいけどトッポッキは食べたい | 光文社

し に たい けど トッポッキ は 食べ たい あらすじ

こんにちは、 そみ です。 昨年から今年にかけて韓国のエッセイや小説の日本語版がどんどこ発売されていて、お財布がピンチになりつつあります。 先日も韓国のベストセラーエッセイ、 の日本語版が発売されまして。 楽天ですぐに予約し、発売日にお家にやってきました。 こちらのエッセイは、不安定で繊細な心に悩む著者と、カウンセラーとの対話がそのままエッセイになった新鮮なスタイルの1冊。 対話の中で、筆者の人間関係の悩みや自己肯定感の低さを紐解き、客観的に見つめていくお話です。 悩みの内容が現代人特有であることもあって、若者を中心に共感の声が数多く集まり、当初200冊限定だった予定が瞬く間に40万部を超えるベストセラーに。 韓国のレビューサイトを見たところ「筆者とカウンセラーの対話には心の悩みを和らげるヒントがたくさん詰まっていて、自身がカウンセリングを受けているような感覚になった」という書評が多く見受けられました。 ちなみに人気アイドルグループ、BTSのナムジュンさんが読んだ本ということでも話題になっていたそうですね。 ということで今回は ・韓国エッセイが好き ・自己肯定感が低いのが悩み ・内面の負の感情に苦しんでいる といった方におすすめしたい1冊、 の中で印象深かった文を紹介していきたいと思います。 スポンサーリンク 暗い面も、また私であること この本は気分変調性障害(ひどい憂鬱症状を見せる腫瘍憂鬱障害とは違い、軽い憂鬱症状が続く状態)にかかった私の治療記録をまとめたものだ。 個人的で、くどくどした話でいっぱいだが、暗い気持ちを解きほぐすだけでなく、私に起きた具体的な状況を通して根本的な原因を探し、健康的な方面に向かうことに重点を置いている。 引用:死にたいけどトッポッキは食べたい P5 このエッセイを読んだあとの率直な感想は「好き嫌いが分かれる本だろうな」ということ。 というのも、この本には筆者が負の感情を吐き出すシーンがたくさん登場し、しかもそれは誰しも一度は抱いたことのある感情で、できれば直視したくないものだからです。 嫉妬や劣等感、自己肯定感の低さなど人間なら多かれ少なかれもっている負の感情は、メディアなどでは一般的に悪い人だけのものとして扱われていますよね。 そしてほとんどの人は、そんな感情、そんな感情による悩みなど、自分にはないんだと目を背けているような気がします。 自分の暗い部分やコンプレックスは深いところにしまっておいて、都合の良い時だけ自分を愛したいなどと思っているんだなと。 うまく表現できなかった悩みの正体を知れたと同時に、自分の隠したい部分を全部書き出されているようで少し恥ずかしくなったりもしました。 ではここからは印象深かった文を少し紹介。 他人に言われたことで自分をラベリングしないこと あなたはどうも、これまで経験したことと考えたことの中で、いちばん理想的な部分だけを追い求めているようにみえます。 「私はこんなふうになるべきだ!」みたいに。 しかも他人の考えや他人の経験を拝借して。 引用:死にたいけどトッポッキは食べたい P23 「こうしなければいけない!」「体重が〇〇キロを超えたら終わりだ!」と、世間の基準や義務感に縛られ、苦しんでいる筆者にカウンセラーが言ったアドバイスなんですが、ほとんどの人がギクリとする言葉なんじゃないかなと。 現代人の悩みの大半って紐解いていくと、社会の凝り固まった基準が原因になっていることが多くて。 「女はこれくらいの体型じゃないとモテない」とか「〇〇歳になったらこれをしなくちゃいけない」とか「明るくて社交的な人が好かれる」とか、すでに理想化された像があって、そこに自分を合わせていく過程で生じる葛藤なんですよね。 うまくそれができる人もいればどう頑張ってもその基準からはみ出してしまう人もいるわけで、悩みが深くなっていくと、それが自分が望んでいることなのか基準に合わせているだけなのか見分けがつかなくなっちゃうんです。 例えば私の場合だと集団に馴染めないことが長年の悩みだったんですが、これも「協調性がないとダメだ」という他人の言葉で自分を縛っていたんですよね。 社会で生きている以上こういった呪縛から完全に解放されるのは難しいですが、時には「これは私には無理」「できるひとだけどうぞ」と、強迫観念をゆるめてあげることも大切だなと思います。 他人がどうこう言うことよりも、自分がよかったとか、嬉しいことの方が大切なんです。 人にどう見られるかより、まずは自分自身の要求に応えてあげないと。 引用:死にたいけどトッポッキは食べたい P55 自分のストレートな感情を優先する。 これが一番大切だけど、一番難しい。 日本や韓国といった国だと集団主義が色濃く残っているので、他の人の要求に応えることが自分の要求に応えていることにすり替わってしまうことが多くて。 この気持ちは果たして本当に自分のものなのか、それとも他人のものなのか定期的に確認作業をしなきゃいけないなーと。 スポンサーリンク 物事を白でも黒でもないグレーとして捉える 「こんなことを言われた。 自分はもう嫌われたんだ。 」「さっき、冷笑された気がする。 私を馬鹿にしているんだ。 」 相手の態度を大袈裟に解釈してしまう筆者に、カウンセラーは両極端の考え方をやめるようアドバイスします。 よく考えてみれば2つの考え方の共存も可能なのにあなたは全てにおいて極端な順位付けをしているみたいです。 (中略) 強迫観念にかられて、いつも理想のものさしを取り出して、その基準に当てはめようとしていますよ。 自分を罰する方法はいろいろありますね。 (中略) 常に部分と全体とを分けて考えてほしいと思います。 誰かのある部分が好きだからといって、全てを好きになれるわけではないし、どこかが気に入らないからといって全てが嫌いになるわけじゃないですよね。 ここ最近は少しマシになってきましたが、それでも仕事のときや人間関係で、極端な判断を下してしまうことがあります。 仕事で小さなミスをしたとき「ああ、今回の仕事は失敗に終わった」と自分を責めてしまったり、友達と少しギクシャクしてしまったとき「ああ、この子にはもう嫌われたな」と勝手に関係を終わらせようとしたり。 客観的に冷静に見たらそこまで深刻なことでもないのに、中間地点を作ることも可能なのに、傷つきたくないがために勝手に白黒をつけてしまう癖があるんですよね。 カウンセラーの言葉はどれも図星すぎて、途中で読むのが辛くなってしまいました(笑) 人生の曲線は流動的 幸福と不幸の共存のように、人生の曲線は流動的なものだ。 そして、私が諦めない限りそれは続き、泣いたり笑ったりすることもできる。 (中略) 感情の波動を人生のリズムだと思って楽しみたい。 巨大な暗闇の中を歩いて、どんどん歩いて、偶然に発見した一条の陽の光に、ずっととどまっていられる人になりたいと思う。 引用:死にたいけどトッポッキは食べたい P157 人間、誰しも常に明るい状態でいれるわけではないし、人生は波動のように上がったり下がったりするもの。 仮に暗い気持ちのときでも、お腹は空くし、欲しいものもあるし、つまらないことで笑うこともあるし、人の感情って一言で説明できるものじゃないんですよね。 「ああ、今日どん底だな」って思ったときも、その瞬間だけで人生全部を評価するのは間違っているし、悲しさや辛さも含めて人生なんだと思うべきでして。 ま、頭ではわかっていても、いざその渦中にいるときは難しいんですが.... 少しずつ、少しずつ、自分も周りの人のことも、もっと多面的に捉えるようになりたいものです。 人はすぐに変わることはできないが、内面に蓄積していける 12週間カウンセリングを受けたからといって、筆者がスーパーポジティブの自己肯定感高め人間になれるかというと、そうではなくてですね。 「無事、悩みから解放されめでたしめでたし!」とならないのがノンフィクションですね。 自己啓発本をたくさん読んだからといって、その日からガンガン行動できる人間になれないのと同じで、人間ってすぐに変わることはできないんですよね。 それでも自分の弱い部分をさらけ出し、しっかり向き合うことは、幸せな人生を生きるにあたってとても大切なプロセスだと思うし、そういった過程で学んだことが体の中に蓄積されて少しずつ人生を良い方向にもっていけるんじゃないかなと。 うまくいかないことのほうがほとんどで、「なんてダメな奴なんだ」と散々自分をいじめてきたけど、それでも全く良いことがなかったわけではなく、総じて悪くない人生なのかなーという感覚。 焦りと不安だらけですが、そういった負の感情でボロボロになっている自分も丸ごと受け入れて生きたいなと思ってます。 嫌な部分も受け入れられてこそ、本当に自分を愛しているといえますからね。 これからも試行と失敗の連続になりそうです。 誰もが心に悩みを抱えて生きている時代だからこそ、こういった人間の暗い面に着目したエッセイをみんなが読むべきだと思います。 また、日本語と韓国語を比べながら読めるので、韓国語の勉強にもなるかなと。 是非読んでみてくださいね。

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